2010.01.26 (Tue)
【20選だべり03】 あなたに、愛をこめて花束を。 〔赤ペンP〕
◆アイドルマスター あなたに、愛をこめて花束を。
[赤ペンP/PV/あずさソロ]
この記事を書くにあたり、赤ペンPの過去作品を総復習しました。
そこでいくつか気がついたことがあります。
それは、「赤ペンPが手がけるあずささんのPVは基本的にソロPVである」ということと、「それらは大まかに分けて二つに分類できる」ということ。
赤ペンPのあずささんのPVは、次の2つに分けられます。
一つは、あずささんのステージをプロデュースした作品。
もう一つは、あずささんとPの関係を描いた作品です。
前者には、『Alright!!』,『euphoric field』,『限界LOVERS』,『STRAY CAT』,『恋一夜』があり、後者には、『まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。』,『One Moment In Time』,『ハナミズキ』,『望春風』,『woh woh』があります。今回20選に選んだ『あなたに、愛をこめて花束を。』(以下『花束を』)は、後者にあたる作品です。
言うまでもなく、アイドルマスターはアイドルとPの物語です。
無印版ではPと担当アイドルの1対1の関係を中心にストーリーが展開され、Pとアイドルの日常(営業・レッスン・オーディション)と日常の成果であるステージによってストーリーが構築されています。
赤ペンPの作品もこれと一緒です。
あずささんのPVは基本的にソロPV、つまりあずささんと1対1のPVであり、そのPVもPとあずささんとの関係を描いたPVとあずささんのステージPVとに分けられるのです。
このことからすると、ひょっとしたら赤ペンPは自身の作品をアイドルマスターの延長線上にあるものとして作品作りをなさっているのかもしれません。
また、後者に分類される赤ペンPの作品には一貫して共通するものがあります。
それは作品のもつ雰囲気。
暖かくて、優しくて、穏やかで、まっすぐで、気取らない。
この一貫した雰囲気はどこからくるのでしょうか?
しばし考えて――
思いついたのは、それはたぶん、赤ペンPのあずささんに対する「想い」。
「眼差し」と言い換えてもいいかもしれません。
そう、後者の作品たちからは、赤ペンPの眼差しを感じられるのです。
暖かくて、優しくて、穏やかで、まっすぐで、気取らない、あずささんを見つめる眼差し。
眼差しを感じるといってもそれは決して視聴の邪魔になるようなものではなくて、たしかにそこにあるのだけれどかなり控え目で、意識して感じとろうとしてようやく感じられるといった程度のもの。
喩えるならば、道すがらほのかに香る梅の花のようなものでしょうか。
その塩梅が私にはちょうどよくて、とても見心地がいい。
ぶっちゃけ、こういう作品に対しては、こまごまとした感想を言いたくないんです。
だってすっごく無粋でナンセンスなんですもの。私の感覚からすると。
例えば、小春日和の気持ちのいい日に散歩に出かけ、心がほっとするような景色とほのかに漂う梅の香りに出会ったとしましょう。その時、「この景色はこうでああだから美しい」とか「この梅の香りはなんたらかんたらの種類の梅でその香りはどう」とか、細かいことをいちいち切り出してあーだこーだと言いたくはないでしょう。ただシンプルに目の前の景色と梅の香りを楽しみ、「ああ、いい景色だ。いい香りだ」と感じ入るだけで十分じゃないですか。「GJ」の一言で言い足りるじゃないですか。
だから、今回の『花束を』に限らず、赤ペンPの後者に分類される作品たちは、個人的に感想が書きにくい作品だったりします。書くことに抵抗感やためらいみたいなものがあるんです。できることなら、『花束を』についても「素晴らしい作品でした。GJ!」で済ませられるなら済ませたいんです本当は。さすがにそれもどうかと思うのでやりませんけども。
しかし、今回は書くと決めた以上、そういう抵抗感やらためらいやらは遠くへ放り投げ、筆が走るままに思うことをつらつらと書かせていただきます。
で、ここからが本題なのですが。
『花束を』についての感想を書く前に、この機会にいくつか語っておきたい赤ペンPの作品(いずれも後者に分類される作品)がありますので、まずはそちらの感想からやってしまって、その後に『花束を』の感想を書きたいと思います。長くなりますがどうかお付き合いのほどを。
01.アイドルマスター あずさ&?????「woh woh」
さだまさしさんが歌う『woh woh』にあずささんのコミュ映像を合わせた非常にシンプルな作りの作品です。2007年の年の暮れにうpされたことを踏まえると、2007年のあずささんとの歩みを振り返って的な意味も込められた作品なのかもしれません。
改めてこの作品を見返してみて思ったのは、この作品は、もしかしたら赤ペンPの原点ともいうべき作品なのではないでしょうか。
というのも、先ほど非常にシンプルな作りの作品だと言いましたが、シンプルであるがゆえに『woh woh』の歌詞に託したあずささんへの想いと、さだまさしさんの歌声に込めたあずささんへの感情とが、ありのままにストレートに伝わってくるんです。
歌詞はそのまま赤ペンPの言葉であり、歌声の情感はそのまま赤ペンPの心情で。
飾らず、ただひたむきに。
無防備だと思うくらい、あずささんを想う心をさらけだして表している。










後者に分類される作品からは赤ペンPの眼差しを感じると言いました。
この『woh woh』という作品こそ、まさにその最たる例です。
「息を とめて 君を見つめてる」
この歌詞にそのすべてが表されていると思います。
あずささんを想うPの心を歌うこの作品は、赤ペンPの眼差しそのものを作品にしたものだと言っても過言ではないでしょう。『woh woh』の後もあずささんとPの関係を描いた作品がうpされていますが、この作品ほどストレートに眼差しを感じさせる作品はありません。
そういった意味で、赤ペンPの出発点はこの作品にあり、他の作品の根っこもその源を辿ってゆくとすべてはこの作品につながっているのではないでしょうか。
02.アイドルマスター まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。
「ひまわり」という歌は、大切な“あなた”を失った一人の女性の歌です。
あなたがいなくなった後も、あなたがひまわりを指さして言った「あんな風に咲けよ」という言葉を胸に、ひまわりのように背を伸ばして前だけを見つめ、力の限り明るく生きてゆこうとする女性の歌です。
3A07を見た人なら、だいたいの人はこう思うでしょう。
「これって3A07のリスペクトPVなのかな?」と。
かく言う私もそう思いました。
『まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。』(以下『ひまわり』)は、3A07のあずささんのその後を描いたアフターストーリーPVなのではないかと。
うp時期が比較的近く(3A07=11/23,ひまわり=12/27)、『ひまわり』の歌詞が3A07の物語とあまりにもドンピシャリな内容だったためです。
PVを視聴後、そんなことを記事に書こうと思ったのですが、ふと何か心に引っかかるものを感じまして、しばらく悩んだ結果、記事にするのをやめました。
まず何に引っかかったのかというと、『まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。』というPVのタイトルに引っかかりました。まっさんというのはさだまさしさん、綾香さんというのは平原綾香さんのことで、実はこのタイトル、赤ペンPの作品のなかでもかなり異色なタイトルだったりします。
アーティストの名前がPVタイトルに組み込まれているのはこの作品が初めてなんです。それまでにも動画の表題にアーティスト名が表記されることはあったのですが、この作品みたいにPVのタイトルになったものは今までありませんでした。
タイトルの次に引っかかったのは再生時間。
なんとメドレーでもないのに、7分40秒!
単発PVにしては異例の長さなわけで、視聴者をびびらせ二の足を踏ませるには十分な時間です。20分越え余裕な架空戦記やノベマスに慣れているあずさスキーの私でさえ、この再生時間の長さには正直視聴をためらいました。やはりPVの5分越えや7分越えは、架空戦記やノベマスのそれとは別な何かがあります。
もちろん、2007年からPVをうpし続けている赤ペンPが、そのような視聴上の不利を知らないはずがありません。視聴者に敬遠される不利を考慮してもなお表現したいものが赤ペンPにはあったのだと思います。
そして、最後の引っかかりポイントは投稿者コメント。仮に、この作品が3A07をリスペクトしたものであったならば、一言でも3A07に触れていてもよさそうなものですが、投稿者コメントには何も書かれていません。やはり3A07とは区別して視聴するのが正しいのでしょう。
異例なタイトル表記。長尺の再生時間。投稿者コメント。
これらのことを総合考量してみると、何やら赤ペンPの「叫び」みたいなものが聞こえてくるような気がします。
けれど、これは全く根拠のない憶測ですが、リスペクトPVかどうかはさておくとしても、3A07と完全に無関係な作品ではないんじゃないかなと思います。
私のなかでは、赤ペンPはあずささんの隣にあってあずささんと共に歩んでゆくというスタンスで作品を作るPさんというイメージがあって、この『ひまわり』のようにPがあずささんの手の届かない場所へ行ってしまう作品は赤ペンPの作品ではかなり異色な存在に見えます。
そうした異色な作品を作るきっかけになったのは何なのか。それはやはり他ならぬ3A07であり、その意味において3A07の影響を受けて作成されたPVなのではないかと考えます。
さてさて。
この作品について感想を書くのは、私にとってかなりの難題です。
3A07と『ひまわり』は本来別の作品ですから、それぞれのPたちの意思や赤ペンPの叫びを考えるならば、両者をきっちり立て分けて感想を書くべきなのではないだろうか。真面目でいい子ちゃんなむらたまAは私にそんなことを諭します。
一方で、自己中心的でワガママなむらたまBはこんなことを囁きます。
「お前、カレーは好きか?」
――はい、大好きです。
「トンカツは好きか?」
――はい、三食余裕でいけます。
「なら、カレーとトンカツ合体させたら最強じゃね?」
仰るとおりですとも!!
『3A07』→『隣に… 3A07edition』→『ひまわり』とかウマウマに決まってるだろうが! 合わないわけがない! 美味さをもっと極めるなら3A07本編の前に『3A07トレーラー』も前菜に加えたい! 嘘だと思うなら一度食ってみろってな話ですよ!
ええ、とどのつまり。
わたくし外道食いが割と好きでして。
カツカレーとかチョ→大好物でして。
外道食いなどという暴挙は、別々に料理を作ったコックさんたちからすれば噴飯ものであることは承知しておりますし、分別あるブロガーであるならばちゃんとそこを配慮して記事を書くべきなのでしょう。
だがしかし。
私の素直な感想は何かというとまさしく外道食いな感想でして、コックさんたちに配慮した感想は所詮後から成形したヨソ行きの感想にすぎないわけで、そんな記事は書いても読んでも面白くないのです。
なので、大変恐縮ではありますが、ここからは外道食い前提の感想になります。
外道食いなどもってのほかと思われる方は、次の『One Moment In Time』の部分までさくっと飛ばしてやってくださいませ。
前フリが長くなりました。『ひまわり』の感想です。

▲開幕しょっぱなの[0:01〜0:08]の時点でグッと来てしまいました。
あずささんが目の前を横切って歩いていく、ただそれだけのシーン。
ただそれだけのシーンのはずなんですが…、私の弱いとこをついてくるんです。
明るい陽がさす並木道と、少しぼやけた柔らかな色合い。
たまてぃPの『もっと遠くへ』以来、あずささんが歩いているだけで胸にグッと来てるようになってしまったパブロフの犬むらたまには、これはもう卑怯。

▲続く[0:10〜0:14]も胸を打たれる場面です。
左から右へ左手を払うところではバストをアップに映して、それから入れ替わるようにあずささんの表情をアップで映す。この時のあずささんの遠くを見つめる凛とした表情がいいですね。
背景の青空と流れ行く白雲もこの作品の清々しさと広がりを感じさせてくれます。

▲[0:20〜]ここのシーンではとくに歌詞に傾注。
「人は誰も 心に 花の種を」
「抱いて生きているんだよと」
「あなたの口癖や声の響きが」
「このごろとても恋しい」
「人は誰も心に花の種を抱いて生きている」というフレーズは、「ひまわり」という歌のテーマであり始まりであり、歌詞のなかの女性にとって“起”となる言葉です。
私が初めてこのPVでこの歌を聴いた時、一番耳に残ったのもこのフレーズでした。
この歌詞の後、「夢を見て咲いているのなら 菫」「密やかに咲くのなら 野菊」「人を傷つけてしまう 紅い薔薇」「散ってゆくのなら 桜」と、人の生き様や心のあり様を花に見立てた喩えが続きます。




そして、[1:16]。

▲PV冒頭であずささんが歩いていた並木道。
並木道と過去の思い出を抜けた先にあったのは、広い草原と一輪の花。
あずささんが見つめる先に咲いているのは……

あずささんは歌います。
「それから私に あんな風に咲けよと」
「指さした花は 一輪 のひまわり」と。

ひまわりですよ、ひまわり!
3A07の記憶がまだ新しかった私はここで堤が決壊。
「なんちゅうもんを作ってくれるんや…、赤ペンPは…!」
アタイ、しばしリアル悶絶。
一瞬にして3A07のあずささんとPの姿がフラッシュバックし、外道食いな視聴はまさにこの瞬間から始まりました。
…まぁ、3A07のひまわりはP自身のことであずささんはPの太陽なので、厳密にいうと、あずささんがひまわりのような生き方をしたいと願う『ひまわり』の世界とは微妙にズレるんですが、アタイの歪んだ妄想力の前ではなんくるねーのです。Pが自分のことを喩えたひまわりのように私も生きたいとあずささんが願ったとしても別におかしな話じゃねーのです。なんくるねーのです。
もうこの際だから、開き直って言わせていただきますけれども。
この歌詞とこのPVの演出で、3A07と切り離して視聴しろなんていうのは、到底無理かつ至極無茶な注文でございまして、それこそ3A07の記憶をきれいさっぱり消されない限りそんな神業は不可能に等しいのごぜえますよ、お代官様!
3A07と脳内リンクした結果、『ひまわり』のあずささん=3A07後のあずささん、『ひまわり』のあなた=3A07のP、になってしまってもそれはもう不可抗力ってもんでしょう。私に罪はないのです。
で、ここでちょっと思い出していただきたいのが、さっきも触れたこの歌詞。
「人は誰も心に花の種を抱いて生きているんだよと」
なんかこの歌詞のセリフ、アレですよね。
3A07のPならいかにもこんなセリフ言いそうですよね。
あの照れ屋で遠回しなイケメン好青年Pのこと、仕事で失敗して落ち込むあずささんを励まそうと、スーツの内ポケットからひまわりの種を取り出し手渡して、「あずささん、人は誰もが心に花の種を抱いて生きているんです」とか言って、すかさずりっちゃんから「プロデューサーはハムスターですか!」とつっこまれるところまで光の速さで妄想完了したわアタイ!
うるせえよ。> ('A`)



▲[2:55〜2:57]。今までの明るさから一転。
悲しげなあずささんの表情が連続してポン・ポン・ポンと挿入され、それまでの雰囲気とは違う展開がこれから始まることを暗に予感させられます。


▲[2:58]。予感を裏付けるように暗い事務所にたたずむあずささん。
あなたがいない事務所でつぶやくのは、あなたに誓ったあの約束。
「いつまでもあなたを愛していると」
「あの日約束したでしょう」
この歌詞から思い浮かべるのは3A07のあの場面。




フタリの記憶を作詞し、その詞通りにずっと空から見守ってくれているPのもとへ、ハートマークの「3A07」にすべての想いを託し、「届け、届け」と、愛のことばを風に乗せて送り出す、3A07屈指の名場面。
あの時、3A07のカードを空へ送ったあずささんの行為は、愛の告白を現実にPに伝えるための行為であると同時に、「いつまでも愛しています」とPに約束するための行為だったのかもしれません。それはあたかも結婚式で永遠の愛を誓いあう契りのように。
そのことに気がついたのは、『ひまわり』のこの歌詞を聞いてからでした。
そして、歌詞は続きます。
「はるかな時の流れを越えてまだ」




「約束を守っています」
うっ。
ここまでくるといつも限界いっぱいいっぱいになっちゃいます。
でも、ここでしんみりするのはまだ早い。そう言わざるを得ません。
歌詞の怒涛のラッシュはここからです。


▲[3:53〜4:19]
「鳥よ あの人に 出会ったら伝えてよ」
「ひまわりの様に 私は生きていると」


▲[5:51〜6:21]
「背すじを伸ばして あなただけをみつめ」
「約束どおりに 明るく咲いている」
(´;ω;`)あずささん……
えーっと、想定していた以上に『ひまわり』の感想が長くなっています。皆様いかがお過ごしでしょうか。私はちょっぴりしなしなモヤシです。力尽きようとしています。がんばれアタイがんばれアタイ。
どうしてもしゃべっておきたいシーンがもう一つだけ残っていますので、そのシーンに触れてから一旦この記事を〆たいと思います。
で、どうしても語っておかねばならないのは[6:22]以降のシーンでして。
歌が終わり、曲が収束へ向かっていくラストシーンです。
あずささんがいたのは草原ではなくどうやらひまわり畑だったようで。
地平線の向こう側まで広がるひまわり、ひまわり、ひまわり。


たくさんのひまわりのなかで、あずささんだけが浮かぬ顔。
大切なあの人のことを思い出し悲しくなってしまったのでしょうか。
写真のあずささんたちもモノクロで、悲しげな表情をしています。

しかし、その悲しみも一時のもの。


あの人と約束した通り、ひまわりにも負けない笑顔を取り戻します。
日常風景のあずささんたちにも明るい笑顔が戻りました。


訪問時間の終わりを告げるように曲もついにフェードアウト。
あずささんも踵を返し、ひまわり畑を後にします。
次にここを訪れるのは一年後の夏。それまで、あずささんは日常の風景のなかで、あの人に教えてもらった自分の中にあるひまわりの種を大切に育み、ひまわりとして明るく精一杯生きてゆくのでしょう。また訪問する時、ひまわりを咲かせた自分を見てもらうために……
あずささんの背中を見送るひまわりたちもかすかに風に揺れ、あずささんにエールを送っているかのよう。
この一番最後のラストシーンを見た時、3A07のあのシーンがよぎりました。


(´;ω;`)ぶわっ
<続く!>
★スクリーンショット・アルバム
『ひまわり』はとっても絵になるシーンが盛り沢山で、スクショをバンバン撮りまくっていたのですが、さすがに全部を記事にすることはできなかったので、その一部をアルバムとして掲載いたします。
やっぱり赤ペンPはあずささんの見逃しやすい良い表情を取り出すがうまい。









[赤ペンP/PV/あずさソロ]
この記事を書くにあたり、赤ペンPの過去作品を総復習しました。
そこでいくつか気がついたことがあります。
それは、「赤ペンPが手がけるあずささんのPVは基本的にソロPVである」ということと、「それらは大まかに分けて二つに分類できる」ということ。
赤ペンPのあずささんのPVは、次の2つに分けられます。
一つは、あずささんのステージをプロデュースした作品。
もう一つは、あずささんとPの関係を描いた作品です。
前者には、『Alright!!』,『euphoric field』,『限界LOVERS』,『STRAY CAT』,『恋一夜』があり、後者には、『まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。』,『One Moment In Time』,『ハナミズキ』,『望春風』,『woh woh』があります。今回20選に選んだ『あなたに、愛をこめて花束を。』(以下『花束を』)は、後者にあたる作品です。
言うまでもなく、アイドルマスターはアイドルとPの物語です。
無印版ではPと担当アイドルの1対1の関係を中心にストーリーが展開され、Pとアイドルの日常(営業・レッスン・オーディション)と日常の成果であるステージによってストーリーが構築されています。
赤ペンPの作品もこれと一緒です。
あずささんのPVは基本的にソロPV、つまりあずささんと1対1のPVであり、そのPVもPとあずささんとの関係を描いたPVとあずささんのステージPVとに分けられるのです。
このことからすると、ひょっとしたら赤ペンPは自身の作品をアイドルマスターの延長線上にあるものとして作品作りをなさっているのかもしれません。
また、後者に分類される赤ペンPの作品には一貫して共通するものがあります。
それは作品のもつ雰囲気。
暖かくて、優しくて、穏やかで、まっすぐで、気取らない。
この一貫した雰囲気はどこからくるのでしょうか?
しばし考えて――
思いついたのは、それはたぶん、赤ペンPのあずささんに対する「想い」。
「眼差し」と言い換えてもいいかもしれません。
そう、後者の作品たちからは、赤ペンPの眼差しを感じられるのです。
暖かくて、優しくて、穏やかで、まっすぐで、気取らない、あずささんを見つめる眼差し。
眼差しを感じるといってもそれは決して視聴の邪魔になるようなものではなくて、たしかにそこにあるのだけれどかなり控え目で、意識して感じとろうとしてようやく感じられるといった程度のもの。
喩えるならば、道すがらほのかに香る梅の花のようなものでしょうか。
その塩梅が私にはちょうどよくて、とても見心地がいい。
ぶっちゃけ、こういう作品に対しては、こまごまとした感想を言いたくないんです。
だってすっごく無粋でナンセンスなんですもの。私の感覚からすると。
例えば、小春日和の気持ちのいい日に散歩に出かけ、心がほっとするような景色とほのかに漂う梅の香りに出会ったとしましょう。その時、「この景色はこうでああだから美しい」とか「この梅の香りはなんたらかんたらの種類の梅でその香りはどう」とか、細かいことをいちいち切り出してあーだこーだと言いたくはないでしょう。ただシンプルに目の前の景色と梅の香りを楽しみ、「ああ、いい景色だ。いい香りだ」と感じ入るだけで十分じゃないですか。「GJ」の一言で言い足りるじゃないですか。
だから、今回の『花束を』に限らず、赤ペンPの後者に分類される作品たちは、個人的に感想が書きにくい作品だったりします。書くことに抵抗感やためらいみたいなものがあるんです。できることなら、『花束を』についても「素晴らしい作品でした。GJ!」で済ませられるなら済ませたいんです本当は。さすがにそれもどうかと思うのでやりませんけども。
しかし、今回は書くと決めた以上、そういう抵抗感やらためらいやらは遠くへ放り投げ、筆が走るままに思うことをつらつらと書かせていただきます。
で、ここからが本題なのですが。
『花束を』についての感想を書く前に、この機会にいくつか語っておきたい赤ペンPの作品(いずれも後者に分類される作品)がありますので、まずはそちらの感想からやってしまって、その後に『花束を』の感想を書きたいと思います。長くなりますがどうかお付き合いのほどを。
01.アイドルマスター あずさ&?????「woh woh」
さだまさしさんが歌う『woh woh』にあずささんのコミュ映像を合わせた非常にシンプルな作りの作品です。2007年の年の暮れにうpされたことを踏まえると、2007年のあずささんとの歩みを振り返って的な意味も込められた作品なのかもしれません。
改めてこの作品を見返してみて思ったのは、この作品は、もしかしたら赤ペンPの原点ともいうべき作品なのではないでしょうか。
というのも、先ほど非常にシンプルな作りの作品だと言いましたが、シンプルであるがゆえに『woh woh』の歌詞に託したあずささんへの想いと、さだまさしさんの歌声に込めたあずささんへの感情とが、ありのままにストレートに伝わってくるんです。
歌詞はそのまま赤ペンPの言葉であり、歌声の情感はそのまま赤ペンPの心情で。
飾らず、ただひたむきに。
無防備だと思うくらい、あずささんを想う心をさらけだして表している。










後者に分類される作品からは赤ペンPの眼差しを感じると言いました。
この『woh woh』という作品こそ、まさにその最たる例です。
「息を とめて 君を見つめてる」
この歌詞にそのすべてが表されていると思います。
あずささんを想うPの心を歌うこの作品は、赤ペンPの眼差しそのものを作品にしたものだと言っても過言ではないでしょう。『woh woh』の後もあずささんとPの関係を描いた作品がうpされていますが、この作品ほどストレートに眼差しを感じさせる作品はありません。
そういった意味で、赤ペンPの出発点はこの作品にあり、他の作品の根っこもその源を辿ってゆくとすべてはこの作品につながっているのではないでしょうか。
02.アイドルマスター まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。
「ひまわり」という歌は、大切な“あなた”を失った一人の女性の歌です。
あなたがいなくなった後も、あなたがひまわりを指さして言った「あんな風に咲けよ」という言葉を胸に、ひまわりのように背を伸ばして前だけを見つめ、力の限り明るく生きてゆこうとする女性の歌です。
3A07を見た人なら、だいたいの人はこう思うでしょう。
「これって3A07のリスペクトPVなのかな?」と。
かく言う私もそう思いました。
『まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。』(以下『ひまわり』)は、3A07のあずささんのその後を描いたアフターストーリーPVなのではないかと。
うp時期が比較的近く(3A07=11/23,ひまわり=12/27)、『ひまわり』の歌詞が3A07の物語とあまりにもドンピシャリな内容だったためです。
PVを視聴後、そんなことを記事に書こうと思ったのですが、ふと何か心に引っかかるものを感じまして、しばらく悩んだ結果、記事にするのをやめました。
まず何に引っかかったのかというと、『まっさんと、あずささんと、綾香さんと、ひまわり。』というPVのタイトルに引っかかりました。まっさんというのはさだまさしさん、綾香さんというのは平原綾香さんのことで、実はこのタイトル、赤ペンPの作品のなかでもかなり異色なタイトルだったりします。
アーティストの名前がPVタイトルに組み込まれているのはこの作品が初めてなんです。それまでにも動画の表題にアーティスト名が表記されることはあったのですが、この作品みたいにPVのタイトルになったものは今までありませんでした。
タイトルの次に引っかかったのは再生時間。
なんとメドレーでもないのに、7分40秒!
単発PVにしては異例の長さなわけで、視聴者をびびらせ二の足を踏ませるには十分な時間です。20分越え余裕な架空戦記やノベマスに慣れているあずさスキーの私でさえ、この再生時間の長さには正直視聴をためらいました。やはりPVの5分越えや7分越えは、架空戦記やノベマスのそれとは別な何かがあります。
もちろん、2007年からPVをうpし続けている赤ペンPが、そのような視聴上の不利を知らないはずがありません。視聴者に敬遠される不利を考慮してもなお表現したいものが赤ペンPにはあったのだと思います。
そして、最後の引っかかりポイントは投稿者コメント。仮に、この作品が3A07をリスペクトしたものであったならば、一言でも3A07に触れていてもよさそうなものですが、投稿者コメントには何も書かれていません。やはり3A07とは区別して視聴するのが正しいのでしょう。
異例なタイトル表記。長尺の再生時間。投稿者コメント。
これらのことを総合考量してみると、何やら赤ペンPの「叫び」みたいなものが聞こえてくるような気がします。
けれど、これは全く根拠のない憶測ですが、リスペクトPVかどうかはさておくとしても、3A07と完全に無関係な作品ではないんじゃないかなと思います。
私のなかでは、赤ペンPはあずささんの隣にあってあずささんと共に歩んでゆくというスタンスで作品を作るPさんというイメージがあって、この『ひまわり』のようにPがあずささんの手の届かない場所へ行ってしまう作品は赤ペンPの作品ではかなり異色な存在に見えます。
そうした異色な作品を作るきっかけになったのは何なのか。それはやはり他ならぬ3A07であり、その意味において3A07の影響を受けて作成されたPVなのではないかと考えます。
さてさて。
この作品について感想を書くのは、私にとってかなりの難題です。
3A07と『ひまわり』は本来別の作品ですから、それぞれのPたちの意思や赤ペンPの叫びを考えるならば、両者をきっちり立て分けて感想を書くべきなのではないだろうか。真面目でいい子ちゃんなむらたまAは私にそんなことを諭します。
一方で、自己中心的でワガママなむらたまBはこんなことを囁きます。
「お前、カレーは好きか?」
――はい、大好きです。
「トンカツは好きか?」
――はい、三食余裕でいけます。
「なら、カレーとトンカツ合体させたら最強じゃね?」
仰るとおりですとも!!
『3A07』→『隣に… 3A07edition』→『ひまわり』とかウマウマに決まってるだろうが! 合わないわけがない! 美味さをもっと極めるなら3A07本編の前に『3A07トレーラー』も前菜に加えたい! 嘘だと思うなら一度食ってみろってな話ですよ!
ええ、とどのつまり。
わたくし外道食いが割と好きでして。
カツカレーとかチョ→大好物でして。
外道食いなどという暴挙は、別々に料理を作ったコックさんたちからすれば噴飯ものであることは承知しておりますし、分別あるブロガーであるならばちゃんとそこを配慮して記事を書くべきなのでしょう。
だがしかし。
私の素直な感想は何かというとまさしく外道食いな感想でして、コックさんたちに配慮した感想は所詮後から成形したヨソ行きの感想にすぎないわけで、そんな記事は書いても読んでも面白くないのです。
なので、大変恐縮ではありますが、ここからは外道食い前提の感想になります。
外道食いなどもってのほかと思われる方は、次の『One Moment In Time』の部分までさくっと飛ばしてやってくださいませ。
前フリが長くなりました。『ひまわり』の感想です。

▲開幕しょっぱなの[0:01〜0:08]の時点でグッと来てしまいました。
あずささんが目の前を横切って歩いていく、ただそれだけのシーン。
ただそれだけのシーンのはずなんですが…、私の弱いとこをついてくるんです。
明るい陽がさす並木道と、少しぼやけた柔らかな色合い。
たまてぃPの『もっと遠くへ』以来、あずささんが歩いているだけで胸にグッと来てるようになってしまったパブロフの犬むらたまには、これはもう卑怯。

▲続く[0:10〜0:14]も胸を打たれる場面です。
左から右へ左手を払うところではバストをアップに映して、それから入れ替わるようにあずささんの表情をアップで映す。この時のあずささんの遠くを見つめる凛とした表情がいいですね。
背景の青空と流れ行く白雲もこの作品の清々しさと広がりを感じさせてくれます。

▲[0:20〜]ここのシーンではとくに歌詞に傾注。
「人は誰も 心に 花の種を」
「抱いて生きているんだよと」
「あなたの口癖や声の響きが」
「このごろとても恋しい」
「人は誰も心に花の種を抱いて生きている」というフレーズは、「ひまわり」という歌のテーマであり始まりであり、歌詞のなかの女性にとって“起”となる言葉です。
私が初めてこのPVでこの歌を聴いた時、一番耳に残ったのもこのフレーズでした。
この歌詞の後、「夢を見て咲いているのなら 菫」「密やかに咲くのなら 野菊」「人を傷つけてしまう 紅い薔薇」「散ってゆくのなら 桜」と、人の生き様や心のあり様を花に見立てた喩えが続きます。




そして、[1:16]。

▲PV冒頭であずささんが歩いていた並木道。
並木道と過去の思い出を抜けた先にあったのは、広い草原と一輪の花。
あずささんが見つめる先に咲いているのは……

あずささんは歌います。
「それから私に あんな風に咲けよと」
「指さした花は 一輪 のひまわり」と。

ひまわりですよ、ひまわり!
3A07の記憶がまだ新しかった私はここで堤が決壊。
「なんちゅうもんを作ってくれるんや…、赤ペンPは…!」
アタイ、しばしリアル悶絶。
一瞬にして3A07のあずささんとPの姿がフラッシュバックし、外道食いな視聴はまさにこの瞬間から始まりました。
…まぁ、3A07のひまわりはP自身のことであずささんはPの太陽なので、厳密にいうと、あずささんがひまわりのような生き方をしたいと願う『ひまわり』の世界とは微妙にズレるんですが、アタイの歪んだ妄想力の前ではなんくるねーのです。Pが自分のことを喩えたひまわりのように私も生きたいとあずささんが願ったとしても別におかしな話じゃねーのです。なんくるねーのです。
もうこの際だから、開き直って言わせていただきますけれども。
この歌詞とこのPVの演出で、3A07と切り離して視聴しろなんていうのは、到底無理かつ至極無茶な注文でございまして、それこそ3A07の記憶をきれいさっぱり消されない限りそんな神業は不可能に等しいのごぜえますよ、お代官様!
3A07と脳内リンクした結果、『ひまわり』のあずささん=3A07後のあずささん、『ひまわり』のあなた=3A07のP、になってしまってもそれはもう不可抗力ってもんでしょう。私に罪はないのです。
で、ここでちょっと思い出していただきたいのが、さっきも触れたこの歌詞。
「人は誰も心に花の種を抱いて生きているんだよと」
なんかこの歌詞のセリフ、アレですよね。
3A07のPならいかにもこんなセリフ言いそうですよね。
あの照れ屋で遠回しなイケメン好青年Pのこと、仕事で失敗して落ち込むあずささんを励まそうと、スーツの内ポケットからひまわりの種を取り出し手渡して、「あずささん、人は誰もが心に花の種を抱いて生きているんです」とか言って、すかさずりっちゃんから「プロデューサーはハムスターですか!」とつっこまれるところまで光の速さで妄想完了したわアタイ!
うるせえよ。> ('A`)



▲[2:55〜2:57]。今までの明るさから一転。
悲しげなあずささんの表情が連続してポン・ポン・ポンと挿入され、それまでの雰囲気とは違う展開がこれから始まることを暗に予感させられます。


▲[2:58]。予感を裏付けるように暗い事務所にたたずむあずささん。
あなたがいない事務所でつぶやくのは、あなたに誓ったあの約束。
「いつまでもあなたを愛していると」
「あの日約束したでしょう」
この歌詞から思い浮かべるのは3A07のあの場面。




フタリの記憶を作詞し、その詞通りにずっと空から見守ってくれているPのもとへ、ハートマークの「3A07」にすべての想いを託し、「届け、届け」と、愛のことばを風に乗せて送り出す、3A07屈指の名場面。
あの時、3A07のカードを空へ送ったあずささんの行為は、愛の告白を現実にPに伝えるための行為であると同時に、「いつまでも愛しています」とPに約束するための行為だったのかもしれません。それはあたかも結婚式で永遠の愛を誓いあう契りのように。
そのことに気がついたのは、『ひまわり』のこの歌詞を聞いてからでした。
そして、歌詞は続きます。
「はるかな時の流れを越えてまだ」




「約束を守っています」
うっ。
ここまでくるといつも限界いっぱいいっぱいになっちゃいます。
でも、ここでしんみりするのはまだ早い。そう言わざるを得ません。
歌詞の怒涛のラッシュはここからです。


▲[3:53〜4:19]
「鳥よ あの人に 出会ったら伝えてよ」
「ひまわりの様に 私は生きていると」


▲[5:51〜6:21]
「背すじを伸ばして あなただけをみつめ」
「約束どおりに 明るく咲いている」
(´;ω;`)あずささん……
えーっと、想定していた以上に『ひまわり』の感想が長くなっています。皆様いかがお過ごしでしょうか。私はちょっぴりしなしなモヤシです。力尽きようとしています。がんばれアタイがんばれアタイ。
どうしてもしゃべっておきたいシーンがもう一つだけ残っていますので、そのシーンに触れてから一旦この記事を〆たいと思います。
で、どうしても語っておかねばならないのは[6:22]以降のシーンでして。
歌が終わり、曲が収束へ向かっていくラストシーンです。
あずささんがいたのは草原ではなくどうやらひまわり畑だったようで。
地平線の向こう側まで広がるひまわり、ひまわり、ひまわり。


たくさんのひまわりのなかで、あずささんだけが浮かぬ顔。
大切なあの人のことを思い出し悲しくなってしまったのでしょうか。
写真のあずささんたちもモノクロで、悲しげな表情をしています。

しかし、その悲しみも一時のもの。


あの人と約束した通り、ひまわりにも負けない笑顔を取り戻します。
日常風景のあずささんたちにも明るい笑顔が戻りました。


訪問時間の終わりを告げるように曲もついにフェードアウト。
あずささんも踵を返し、ひまわり畑を後にします。
次にここを訪れるのは一年後の夏。それまで、あずささんは日常の風景のなかで、あの人に教えてもらった自分の中にあるひまわりの種を大切に育み、ひまわりとして明るく精一杯生きてゆくのでしょう。また訪問する時、ひまわりを咲かせた自分を見てもらうために……
あずささんの背中を見送るひまわりたちもかすかに風に揺れ、あずささんにエールを送っているかのよう。
この一番最後のラストシーンを見た時、3A07のあのシーンがよぎりました。


(´;ω;`)ぶわっ
<続く!>
★スクリーンショット・アルバム
『ひまわり』はとっても絵になるシーンが盛り沢山で、スクショをバンバン撮りまくっていたのですが、さすがに全部を記事にすることはできなかったので、その一部をアルバムとして掲載いたします。
やっぱり赤ペンPはあずささんの見逃しやすい良い表情を取り出すがうまい。









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cha73 |
2010年01月31日(日) 05:48 | URL |
【コメント編集】
コメントありがとうございます。
>それでも作るしかない、っていう決意のようなものを感じます。
>言葉のかわりにこれを、という。
百聞一見に如かず、百言一作に如かず。
Pだからこそできる表現方法に込めた気迫をたしかに感じますよね。
けど、こちらがアンテナの感度をビンビンにしておかないとそれを感じさせないという奥ゆかしさがあるところも、実に赤ペンPらしいなと思ったりします。
>でも我々は書くしかないんですよね。何なんだろう? 意地?w
んー…、私の場合、意地と呼べるような大層なもんじゃないですw
下世話な話、王様の耳はロバの耳みたいなもんですね。
のどに刺さった魚の小骨がどうにも気になって、そのままにしときゃいいものをウズウズするものだから、見苦しいそれを吐き出しているみたいなw
しかもそれを人目につくとこでやってるというね、なんとも救いがたき公開プレイですわ。まさにチラシ裏の俺得記事かなーって。
>それでも作るしかない、っていう決意のようなものを感じます。
>言葉のかわりにこれを、という。
百聞一見に如かず、百言一作に如かず。
Pだからこそできる表現方法に込めた気迫をたしかに感じますよね。
けど、こちらがアンテナの感度をビンビンにしておかないとそれを感じさせないという奥ゆかしさがあるところも、実に赤ペンPらしいなと思ったりします。
>でも我々は書くしかないんですよね。何なんだろう? 意地?w
んー…、私の場合、意地と呼べるような大層なもんじゃないですw
下世話な話、王様の耳はロバの耳みたいなもんですね。
のどに刺さった魚の小骨がどうにも気になって、そのままにしときゃいいものをウズウズするものだから、見苦しいそれを吐き出しているみたいなw
しかもそれを人目につくとこでやってるというね、なんとも救いがたき公開プレイですわ。まさにチラシ裏の俺得記事かなーって。
むらたま |
2010年02月03日(水) 07:39 | URL |
【コメント編集】
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黙って見ればいいやん、なんだけど、でも! だねえ。
これは作るのがものすごくしんどかったと思いますよ。
それでも作るしかない、っていう決意のようなものを感じます。
言葉のかわりにこれを、という。
でも我々は書くしかないんですよね。何なんだろう? 意地?w
なんつーか、しょうがないですやね。