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2009.12.13 (Sun)

【PV】もっと遠くへ、もっと遠くへ

 一期一会。

 それは人との出会いに限ったことではなくて、ニコマス作品との出会いの中にも、一期一会ってもんがあると思います。
 今日は、そんな「一期一会」をテーマにつらつらだべります。

 人との出会いと同様、作品との出会いにも一期一会があるんなら、最初に出会ったときの印象がとっても重要ってのは言うまでもありません。
 第一印象、すっごく大事。
 これが良いか悪いかで、後々の作品を見る見ないだとか作品の評価やら感想なんかやらもずいぶん違ってきちゃうわけで、作品に対して歪んだ印象を持って食べず嫌いしちゃったせいで、だいぶ日が経ってから後悔することってザラにあります。
 そのくせ第一印象ってのは水物で、作品の内容のみによって形成されることなんてまずありません。
 なぜかといえば、第一印象を形成する視聴者自身が「人間」だから。
 所詮「人間」ですから、主観バリバリだし、その主観も色んなものに影響されやすい。
 見るときの精神状況とか体調とかは言わずもがなだし、周囲の環境とかも影響するし、直前にどんな他の作品を見ていたかなんて些細な事情もわりと無視できない。他にもエトセトラエトセトラ。
 水物で結構いい加減だけど、影響力絶大のいやらしいヤツ。
 それが第一印象。
 なので、あんまり体調が良くないときとかは、無理して作品を見たりしないほうがいいんだろなァとか思ってます。そういうときはだいたい、面白さや楽しさを感じるアンテナの感度が鈍ってますので。
 
 今日紹介する作品と出会ったのは、コンディション最悪の日でした。
 体の芯からクタクタで、頭もうまく働かない状況。頭をまっすぐに支えるのもだるくて、家のなかでは首を斜め20度に傾けている状態がデフォルト。とてもじゃないけど明日のことなんか考えてる余裕もなくて。
 こういうときはさっさと布団に入って寝てしまえばいいのですが、デスクにあごを乗っけてニコニコにアクセスしてる私の姿がありました。あーもーバカだなー。
 とはいえ、頭がマヒしてる状態で頭で楽しむ系の作品はキツイ。たとえば、文字を追って状況を把握して、ストーリーを理解しなきゃならない架空戦記やノベマスはまず無理。
 となれば、映像と音楽を感覚で楽しめるPV一択。
 私はPVに狙いを絞って、飢えた餓鬼のようにニコマスをふらつきました。

 そして、訪れるボーイ・ミーツ・ガール。


086もっと遠くへ01

 あの時見たサムネは、冗談抜きで輝いていました。
 地獄の底で見た蜘蛛の糸。
 夜行性の虫が光に惹かれるように、私はサムネのあずささんに導かれたのです。
 が。
 予想以上にアンテナの感度が減衰していたようで、PVの映像と音楽が自分の中に全然入ってこなくて、私の表面をなでて素通りしていくような感じがしました。
 「あー…、こりゃ重症だわー」
 どこか他人事のようにため息。ブラウザを閉じようとして、指が止まる。
 ブラウザを閉じるのもめんどい。
 一度再生しちゃったし、最後まで見よう。見たら寝よう。
 そんなことを自分に言い聞かせ、ある種の惰性でぼへーっと見てました。
 経験上、惰性で見てもいいことなんか何一つないのですが……

アイドルマスター あずさ もっと遠くへ
[たまてぃP/PV/あずさソロ]



 しばらく視聴して。
 機能停止していたはずの胸の奥から、ひたひたと潮が満ちてくるのを感じました。
 じわじわ、じわじわ。
 間欠泉のような急激な変化ではなく地面に水が染み入るようなじんわりとした変化。
 ゆるやかで地味な変化だけど、それがもたらす感情はじわっと熱くて。
 熱はじんわりと心全体に伝導してゆき、曖昧な頭とは対照的に胸の辺りは妙に温かくて、この作品を視聴し終わったあとも相変わらず首は傾いたままでしたが、「明日も頑張ろう」という気持ちが自然に出てきました。
 こういうことを言うのは、ちょっと大袈裟で気恥ずかしいのですが。
 たぶん私は、この作品に救われたんだと思います。
 日常の些細な出来事といえばそれまでだけど、へばっていて明日のことなんか考える余裕もなかったのに、明日も頑張ろうと思えるエネルギーをこの作品は私に分けてくれた。これを救いと呼ばずに何と呼ぶのか、私には思いつきません。
 結局この日は、この作品を何度かループしてニコマス散策をやめにしました。
 
 そして、話は「一期一会」に戻ります。
 こうしてブログ記事という形で振り返ってみると、「一期一会」を感じずにはいられません。
 もしあの日、この作品を見つけたときに心も体も万全の状態だったなら、私はこの作品に対してどういう感想を抱いたのでしょうか。十中八九、今とはまるで違った印象を持ったはずです。
 きっと、良作だと思っても、こんなにも心に刺さることはなかったでしょう。
 出会いというのは偶然に偶然を重ねた結果で、それに対する第一印象も偶然の事情に左右される水物で、そうした偶然に支配される世界にあって、こういう滅多にない印象を抱けたっていうのはちょっとした奇跡なのかもしれません。


            ┌─────────────────
            │ ……ねこにゃんさん。
            │ これ、あいつにシュッシュしてやって。
            └─────────‐レ───────

     ∧_∧ そ       (⌒   ニャン?
     (; ´∀`)       (フ⌒⌒ヾフ 
   /    \      l  ノ`´)リ
.  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/   .|ゝ(゚ ヮ゚ノ!   アュ
__(二つ/        /   ノ 〈ii杏ii〉ヽ   (__)c(A` ) /  ̄/
   \/____/ ̄ ̄(( OUノU⊃)) ̄ ̄ヘヘ 人/__/  ̄ ̄
                                ̄ ̄´
┌───∧─────
│ えっ、なにそれ?
└─────────


                 ┌─────────────
                 │ ファブリーズですが何か? 
                 └─────‐レ───────

     ∧_∧         (⌒  
     (; ´Д`)〉       (フ⌒⌒ヾフ 
   /    ヽ\      l ; ノ`´)リ
.  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/   .|ゝ(゚ ヮ゚ノ!   アュ
__(二つ/        /   ノ 〈ii杏ii〉ヽ   (__)c(A` ) /  ̄/
   \/____/ ̄ ̄(( OUノU⊃)) ̄ ̄ヘヘ 人/__/  ̄ ̄
                                ̄ ̄´
┌───∧───────
│ あ、やっぱくさかった?
└───────────


 さてさて。
 記事が自分語りオンリーってのもどうかと思うので、作品の中身について感じたこともつらつらしたいと思います。

 なかなか得がたい第一印象を抱いた日の翌朝。
 昨日の印象が一夜の幻想でないことを確かめるべく再び視聴しました。
 幸いにも、あの夜感じたものは幻ではありませんでした。
 しかし、心と体が回復した状態で改めて見てみると、妙な違和感を感じました。
 それはさほど大きなものではないのですが、この作品を自分のなかに飲み込もうとすると何かが引っかかってしまい、すんなりストンと落ちてくれない。
 さて、この違和感は何だろう?
 その正体を見破ろうと2周、3周ループしましたが、それでもわかりませんでした。
 原因はわからない。だけど何かが引っかかる。違和感がある。
 違和感の正体がわかったのは、この作品について記事を書こうと思い、頭の中でどういうことを書くか記事の設計図を引いていたときでした。
 作品のジャンルを「PV」で括ろうとして、ふと思考が止まる。
 
 この作品は、「PV」なんだろうか?

 違和感の原因はこれでした。
 この作品を「PV」と呼ぶのは、どうも感覚的にしっくりこないのです。
 たしかに外形上はPVです。音楽に合わせてアイマスのダンス映像などを使ってますから。素直に普通にジャンル分けするなら「PV」が一番妥当なんだと思います。
 消去法的に考えても、架空戦記でもないしノベマスでもないし、教養講座でもなければ疑似m@sでもなく、やってみた系でもない。やっぱり「PV」なんでしょう。
 ですが、それを潔しとしない意地っ張りな自分がいて、強硬に「これをPVってラベリングするのはどーなのよ?どーなのよ?」と、しつこく自問してくるんです。
 じゃあ、なんでPVとして括りたくないのかと問い詰めてみると、「さあ、わかんね。でもPVっていうのは俺的にしっくりこないからダメ」などとのたまう始末。
 なんでかなー。なんでかなー。

 

 PVは、プロモーションビデオ(Promotion Video)の略です。
 ということはですヨ?
 PVにジャンル分けされる作品というのは、何かをプロモートしている作品、言い換えるとプッシュしたい何かがある作品なのです。
 ニコマスのPVを見ていると、そのプロモートの対象はだいたい、アイドル・楽曲・ストーリー・ダンスのいずれかを主軸にプロモートしている作品が多いように思います。
 では、たまてぃPのこの作品がプロモートする対象は何なのでしょう?
 あずささんでしょうか?
 作品に登場するアイドルはあずささんだけですし、映像の大半をあずささんのダンス映像とコミュ映像が占めている。バストアップのカットも多いしラストのアピールラッシュとかを見てると、様々な表情のあずささんを見せることによってあずささんの魅力をプロモートしていると考えられなくもない。
 けれど、あずささんのPVというには、どこか淡々としているような気がする。
 全体的にセピア調であることを考慮に入れても随分客観的というか、あずささんから一歩距離を置いているような、例えるとガラス一枚を隔てた向こうにあずささんがいるような作品になっている。
 この作品からは、「俺の可愛いあずささんを見せよう」とか「美しいあずささんを見せよう」とか「かっこいいあずささんを見せよう」とか、そういうプロモートする側の狙いや意図があまり香ってこない。どちらかといえば、ありのままのあずささんを、淡々とスライドショーのように見せている。

 086もっと遠くへ21

 じゃあ、あずささんでないとすると楽曲をプロモートしているのでしょうか?
 たしかに、曲に合わせてダンスやコミュの映像が一部リンクしているところもありますし、歌もメッセージ性の強い歌詞ですから楽曲のPVかなとも思います。

 086もっと遠くへ18

 けど、そういった点を踏まえても映像が楽曲のイメージをただ補完しているだけとは言いがたい。この作品では、映像と音楽は互いにある目的に向かって並列的に置かれていて、ときに密接にリンクして、ときにリンクを解いたりしながら、それぞれの方法でプロモートの対象を表現している。言うなれば、主従ではなく、共通の目的を持ったタッグの関係です。
 プロモートの対象は、あずささんでもなく楽曲でもない。
 ならば、それはストーリーか? あるいはダンスか?
 結論から言うと、それらも否だと思います。
 コミュ映像の配置の仕方や、歌詞にリンクして様々な失敗やステージを経てラストステージにつながる演出構成からはストーリー性を感じます。現に『iM@Sストーリー系PV』のタグもついてます。
 けれど、それは一本の明確なストーリーを読ませるというものではなくて、あずささんのコミュ映像などは「こんなこともあった」「あんなこともあった」という事実の断片たちを並べているように感じられる。
 これらの事実の断片からストーリーを読み取るもよし、読み取らぬもよし。そんな風に視聴者の自由な想像に任せていて、たまてぃPのなかで出来あがっている一本のストーリーを視聴者に見せようという意識は薄いのではないか。
 
 086もっと遠くへ19
 086もっと遠くへ20

 また、ダンスにしても、歌詞やリズムに逐一合致させようというよりも、要所要所の見せどころでピンポイントで合わせ、あとは歌が織り成す雰囲気とダンスが織り成す雰囲気を合わせることのほうに気を使っているように思います。やはり、ストーリーやダンスが主役ということはないでしょう。

 この作品がPVなら、プロモート対象は一体何なのか?
 そもそもこの作品はPVなのか?

 私の疑問はまさにこれなんです。
 なんだろうなー。なんだろうなー。
 この作品を見てるとですね、不思議な感覚に襲われるんです。
 暗室で無声の映画を見ていて、映画の雰囲気に合った歌を聴いているかのような感覚。しかもその映画は自分と全く無関係の内容ではなくて、過去に体験した懐かしさをまとったもの。
 映画と歌は本来別個のものだけど、不思議と、リンクするところもあって……

 何度かこの作品をループしているうちに、ある歌詞に耳がとまりました。

「君に出会えて」
「僕は弱さと初めて向き合えた」
「迷いの向こうに光を求めて」

「君との出会いを抱きしめて行くのさ」
「もっと遠くへ」

 疑問が氷解しました。

 この作品の映像は、プロデューサーが体験してきた記憶の断片たちで、歌は、プロデューサーがプロデューサー自身に歌いかけている歌だったんだ!
 
 おそらくプロデュース期間が終わったのでしょう。
 彼は一度歩きを止め、立ち止まります。
 あずささんをプロデュースした記憶やあずささんとの思い出。それらを懐かしさに浸りながらアルバムをめくるように思い起こしている。
 とめどなくポツポツと浮かび上がる記憶は脈絡がなくて、楽しい記憶もあれば苦い記憶もあって、セピア色になってしまった記憶もある。
 セピアの記憶にときどき混じる鮮やかなカラーの記憶は、今でも鮮明に思い出せる大切な記憶なのでしょう。あずささんのプロデューサーでありアイドル「三浦あずさ」のファンでもある彼にとって、あずささんのラストステージは特別なものだったに違いありません。ラストの光の洪水のように畳みかけてくるあずささんのアピールは彼のその心情をよく表していると思います。

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 あずささんのプロデュースは終わりました。
 けれど、彼がプロデューサーである以上、立ち止まるわけにはいきません。
 そんな彼の背中をそっと支え、前へと進ませてくれるのは、あずささんとの記憶たちです。

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 086もっと遠くへ32
      086もっと遠くへ08
 
 「諦めないで」
 彼を見続けてきたあずささんが、そう言って彼を勇気づける。
 だから彼も歌い、進むのでしょう。もっと遠くへ、もっと遠くへと。

 086もっと遠くへ17

 プロデューサーの記憶と、プロデューサーが自分に歌いかける歌。
 言うまでもなく「プロデューサー」は、アイマス世界における私たちの依り代です。
 そんな彼の目線で見て聞く彼の記憶と歌は、疑似的な私の記憶であり歌なのですから、それを「PV」と呼ぶのは妙ちくりんな話なんです。
 だから、この作品を「PV」と括るのに抵抗感があったんですね、私。
 あー、スッキリしたw

 最後に。
 お気に入りの1シーンを紹介して終わりたいと思います。
 私が大好きなシーンは[3:18]のシーンです。

 086もっと遠くへ02
 086もっと遠くへ03
 086もっと遠くへ04
 086もっと遠くへ04_1
 086もっと遠くへ04_2
 086もっと遠くへ04_3
 086もっと遠くへ05
 086もっと遠くへ06
 086もっと遠くへ07

 歩いてるだけじゃんって思ったでしょ?

 うん、歩いてるだけです。

 ですがね、ここがすっごくいいの! ものすごく!
 なんかもうね、胸の奥がグアーッって熱くなるの! グアーッて!
 ここにこんな強烈に印象的なシーンを入れられるなんて、たまてぃPマジすごい!
 2009年むらたまの記憶に残った1シーン10選とかやったら入選確実ですヨ。

 086もっと遠くへ25

 いやはや。
 へばっていたときにこんな素敵な作品に出会えるとは……
 私って幸せ者だなァとしみじみ思いました。
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タグ : ニコマス あずさ PV 【PV】あずさソロ

10:30  |  アイマスPV(あずさ出演)  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

ご存じとは思いますが、念のため申しますと自分は真のPです。
それでもね、この作品はいいなあと思えました。
我々にはプロデュースの記憶というものがあります。
まさに、それ、ですよね。
エンターテイメントではなく、パーソナルな何か。
共に歩んだ時間。共に築いてきたもの。永遠に消えないもの。

今マイリストに入れようとしたら、既に登録されてました。
たぶん、いい感じだなと軽い気持ちで入れてたのかもしれない。
真のPだから、ちゃんと見えるべきものが見えてなかったんだね。
むらたまさんにはちゃんと見えていた。伝えてくれた。
おかげで今、エアコンで乾いていた目が潤っておりますw
cha73 |  2009年12月13日(日) 16:59 |  URL |  【コメント編集】

 cha73さん、コメントありがとうございます。
 担当のアイドルが誰であっても、アイドルたちとともに歩んだ軌跡とそのなかで感じたものやプロデューサーとしての想いは、共通するものがたくさんあるんだと思います。

>エンターテイメントではなく、パーソナルな何か。
 あ、そうそう、まさにこの一言ですね!
 こんなに長々と記事を書く必要がなかったw
 PVというと万人に向けたエンターテイメント性がある作品というイメージがありますが、この作品はその点が薄くて、プロデューサーの根っこの部分に呼びかけてくる作品なんだと思います。
 その意味で、エンターテイメントではなく、パーソナルな作品。
 できれば多くのプロデューサーに見てもらいたい作品なんですが、万人受けはしないだろうなァというのもあってちょっと口惜しい。

>むらたまさんにはちゃんと見えていた。伝えてくれた。
 いやもう恐縮です。ありがとうございます。
 でも、作品のメッセージをちゃんと読み取って伝えられたのかは、我ながらかなり怪しいと思っちょりますw
 たまてぃPの真意とはズレてるとは思うのですが、「自分はこう感じた」というものをこの記事で書きました。そうした記事でcha73さんに何か感じていただくことができたというのはすごく嬉しいです。
むらたま |  2009年12月13日(日) 19:23 |  URL |  【コメント編集】

失礼致します。。。

遅くなりましたが、ご紹介頂きありがとうございます。

ここで何かこう上手い事を言おうと考えてはみたものの何も思いつかないという失態で申し訳ありません(汗

PVなんだろうか?という事は全く考えた事も無かったので自分でもすごくびっくりしていたり、話は少し飛ぶんですがそれとともに改めてたくさんの感想(動画内のコメントや動画に対してのレビュー)を見て大変感銘を受けました。正直言うと、たった一言言葉をもらえるだけですごく嬉しいのにこんなにも親身になって考えてくれていたと思うとすごく涙が出る思いで嬉しいんですよ。あずささんは自分から見て、こっぺPの作品も、こっぺPの作品も(大事な事なので2度言いましたw)共感出来る部分があまりにも強かったので
技術的な話や発想的な話をすると難しく考えないで感じたままそのままの感性で突き進んでダメならそこから時間を置くっていうのを繰り返したりしました。発想が柔軟じゃない分、感性を信じてみようと

話は戻りますが
プロデューサーがプロデューサー自分自身に対しての歌
なるほどと思わざるを得ない状況でした。大変勉強になるレビューを書いて頂き本当にありがとうございました。
たまてぃ |  2009年12月22日(火) 18:35 |  URL |  【コメント編集】

 たまてぃPいらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
 レスが遅れてすみませんでした。

 素敵な作品を本当にありがとうございました。
 記事にも書きました通り、たまてぃPのこちらの作品に救っていただきました。今も何度も見返してはエネルギーを分けてもらって、お世話になっています。

 PVなのかどうか、という点について、書くかどうか実は迷いました。創作者であるたまてぃPの意図とはズレた手前勝手な我流解釈に違いないという疑念がぬぐえませんでしたので…
 でも、たとえ間違った解釈でも自分が感じたままに書くのが自分のスタイルだと思ったので、感じたことをありのままに書きました。
 なのでたまてぃPに喜んでいただけて、ホッといたしましたw

>技術的な話や発想的な話をすると難しく考えないで感じたままそのままの感性で突き進んでダメならそこから時間を置くっていうのを繰り返したり
 なるほど、感性のままに作られた作品だったのですね。
 たまてぃPの作品は、リスペクトされただけあってこっぺPの作品と作品の雰囲気が似ているのですが、作品から受ける印象がだいぶ違っていてとても不思議に思っていました。この違いはどこから来ているのだろうと思っていたのですが、たまてぃPのこのコメントを読み、納得しました。
 こっぺPの作品から感じとったモノを、たまてぃPは小手先のテクニックなどを混ぜずにご自分の感性に何度もくぐらせ、ときには時間を置いて寝かせるという作業をして、そうした過程を経て作られたのがこの作品で。だから、リスペクトしているけれど、こっぺPの作品の作風をただトレースした作品なのではなく、似た雰囲気をもちつつも独自の味をもった作品になっているのですね。

 長い文章を読んでくださったうえにコメントまで頂戴し、こちらこそありがとうございました。たまてぃPのこちらの作品には、これからも色々なときにお世話になると思います。心をゆっくりと熱くさせてくれる素敵な作品を作ってくださり、本当にありがとうございました。
むらたま |  2009年12月26日(土) 17:34 |  URL |  【コメント編集】

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