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2011.03.22 (Tue)

【アイマス2/SS】もしACMが恋をはじめようを踊ったら

 GET YOU!!
 ジュピターの「恋をはじめよう」のPVを視聴中にふと閃き、ツイッターでたれ流したネタを少し手を加えてまとめてみマスター。登場アイドルはタイトルのまんま、ACM(あずちはまこ)です。

アイドルマスター2 ジュピター 「恋をはじめよう」




 『 もしACMが恋をはじめようを踊ったら 』

 ダンスレッスンスタジオにて。
「ふふっ、今日も頑張りましょうね。真ちゃん、千早ちゃん」
「あの…、あずささん……」
「なあに、千早ちゃん?」
「この歌のダンスポジション、あずささんがセンターですけど、やはり真に任せたほうがいいんじゃないかと」
「そうですよ、あずささん。最後のやつ難しいと思いますから、ボクがやりますよ」
「ありがとう。でも、大丈夫。私にいい考えがあるから。ふふっ」
「いい考え…、ですか?」
「はい~」
 アイディアによっぽど自信があるのか、あずさはにこにこ笑う。
 あずさが音響の再生ボタンを押しに離れたその後ろで、真と千早は不安な視線を交わした。
「……千早。ちょっと心配だけど、ここはあずささんを信じてみよう」
「ええ…、そうね」
「じゃあ、はじめるわよ~」 
 ふたりの心配をよそにあずさの間延びした声がかかる。
 あずさが急ぎ足で真と千早が縦に並ぶ列の最後尾につくと、場内に音楽が響いた。
 曲は、爽やかで軽快な恋愛ナンバー『恋をはじめよう』。

  ♪ 「 愛してる 」
  ♪ 「 愛してる 」
  ♪ いつか未来で
  ♪ ボクがキミに誓うから
  ♪ GET YOU!!

 この曲はラスト手前のパートまで何度もレッスンを重ねている。
 その成果もあって壁面の鏡にうつる三人のダンスはぴったり息が合っていた。
 だが、乱れのないダンスとは裏腹に、真と千早の内心は揺れていた。 
 気にかかるのは、やはりセンターのあずさが担当するあのダンス。
 今日は一度全体を通して踊ることになっている。 
(……千早には信じてみようと言っっちゃったけど、やっぱり不安だな)
(本当に大丈夫なのかしら。万が一でも失敗したら大ケガしてしまうし……)
 ユニットのなかで一番ダンスを苦手とするのがあずさだった。
 真と千早の粘り強い指導もあってダンスが上達したあずさは、ふたりのステップに遅れることなくうまくリズムを合わせ、きびきびした動きでダンスしている。
 その表情は真剣そのものだが、どこか上機嫌でいつもより楽しそうだ。
 一度のミスもなくダンスは順調そのもの。曲は終盤にさしかかった。

  ♪ 「 愛したい 」
  ♪ 「 愛したい 」
  ♪ いつも未来で
  ♪ ボクがキミを抱きしめて
  ♪ KISS YOU!!
  
(もうすぐラストだ)
(あずささんのアイディアって…?)
 淀みなくステップを踏みながら、真と千早はあずさの動きを目で追った。
 ラストフレーズ。
 あずさは大きく手を広げる。 

  ♪ 2人ならば愛を創めようよ

 真と千早が固唾を飲んで見守るなか――
「「!?」」
 バク転するはずのあずさが突然、耳の後ろに手を添えてその場にしゃがみ込んだ。

  ころんっ

 くるりと床に一回転。
 スッと立ち上がると、何も問題はなかったかのようにあずさはポーズをとった。
「できました~♪」
 上手に回転できたのが嬉しかったのだろう、あずさの口から小さく声が漏れた。
 心中穏やかでないのはあずさと向かい合ってポーズしている真と千早だった。
(ちょっ!? それ、ただの後転ですよ、あずささん!)
(くっ…! 何かしら、この胸のトキメキ……)
 ちらっとあずさの顔を見た真は笑いをこらえた。
(ぷぷっ。あずささん、得意顔でキメポーズしてるし)
 曲が終わりポーズを解くと、あずさは胸に手を当ててふたりに近寄った。
「真ちゃん、千早ちゃん。今のどうだったかしら~?」
「ど、どうって言われても……。ねえ、千早?」
「え、ええ」
「ぶっつけ本番であんなにうまくできるなんて、家で練習した甲斐がありました~」
「えっ」
「もしかして後転の自主練までしてたんですか?」
 あずさは「ええ」と頷いた。
「やよいちゃんに教えてもらったの。やよいちゃん、得意なんですって」
「もう、あずささんってば水臭いなあ。言ってくれればボクだって教えたのに」
「ごめんなさい。でも、真ちゃんと千早ちゃんを驚かせたくって」
 真と千早は苦笑した。
「まあ、たしかに驚きました」
「別の意味で、ですけど」
「ふふっ。それでね、これだったら私もAlice or Guiltyの3rdを踊れると思うのだけれど~」
(アリギルで後転…!?)
(カワイイ!)
 その日、Alice or Guiltyのダンス中に床の上を後転するアイドルの姿があったそうな。

 余談であるが――
 後日、あずさたちの「恋をはじめよう」のカバーステージを見たジュピターは、芸能雑誌記者のインタビューにこう答えている。

 冬馬「なめてんのか」
 北斗「冬馬はこう言ってますけど、俺はいいと思いますよ。可愛い女の子は正義ですから」
 冬馬「お前もなめてんのか」
 翔太「いいんじゃん、面白いし。冬馬くんも今度あれやってよ」
 
    * おわり *

「アイドルマスター2」5th PV 961プロ ジュピター「Alice or Guilty」



 (´∀`) ちなみにあずささんたちが「恋をはじめよう」のダンスをする時の衣装は、レッスンのときはヨガウェア、ステージのときはビヨンドザスターズだと俺得だと思います。

アイドルマスター2 ビヨンドあずささんマジ王子様



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タグ : アイマス アイマス2 SS あずさ 千早

23:54  |  SS  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.01.28 (Fri)

【SS】偶像町幻想百景「ざるらぁめん」

 SSを書くたび、己のボキャブラリー不足やら発想の貧困さやら文章の読みづらさを痛感させられているむらたまです、こんにちはー!
 それでも未だにSSを書いてるのはやはりそれだけSS書きが面白いってことなのでしょう。
 今回、百合根Pの偶像町幻想百景の舞台を再びお借りして、SSを一本書いてみました。
 話の内容は、百合根Pの本家「偶像町幻想百景」の前日談……かもしれない物語です。
 なので、未見の方は、ぜひ百合根Pの偶像町幻想百景のほうから訪れてみてください。
 記事の末尾には今回の物語に関連する物語もあげてみましたので、そちらもどうぞご覧くださいませ。
 では、ざるらぁめん一人前どぞー。 




偶像町幻想百景 まとめ


   -― 偶像町幻想百景 ―-
                「 ざ る ら ぁ め ん 」

  目次
   一.信楽の狸
   二.笹舟の行き先
   三.本は届けられた
   四.試食いたしましょう
   五.離れ家にて

 072あずさ_偶像町_たぬきそば

一.信楽の狸

 毎度おなじみ、人間と妖が素知らぬ顔で隣に暮らす町、偶像町。
 この山間の町に一軒のそば屋台がある。
 営業時間は、だいたい昼の三時から翌朝の日が昇るまで。
 営業日は、店が開いているその日が営業日。
 営業時間も営業日も店主の気まぐれで決まる、要するに不規則営業の店だ。
 そういう店であるから営業する場所もかなりいい加減で、いくつかお決まりの場所があるものの、それもあまり当てにはならない。寝床をいくつも持つ野良猫のように、天気や時間、それに店主の気分次第で偶像町のあちこちを転々としている。
 客の都合などまったくお構いなしのとんでもない店といえよう。
 しかし、初代の店主が店を開いて以来、かれこれ創業五十年の歴史を重ねていることもあって、その刻んだ年輪の数は決して伊達ではなく、常連の馴染み客も多くついている。
 今ではその奇妙な営業スタイルと相まって、すっかり町の名物店だ。
 相当の常連ともなると勘で信楽の営業場所がわかるようで、店主の思考と気まぐれを読み、信楽が今の時間、町のどこで商っているか当てられるようになったら一人前の常連であると冗談めかして言われている。
 さて、店の名前を紹介しよう。
 彼の店は、その名も『信楽(しがらき)』という。
 信楽。そう、あの信楽だ。
 編み笠をかぶり徳利と通帳を手に持つ縁起物のタヌキの置物で有名な信楽焼。それにちなんだ命名である。縁起担ぎを好むいかにも商売人らしい名ではあるのだが、如何せん店の知名度に反してその名はまったくと言っていいほど知られていない。
 それもそのはず。
 店には看板がないし、屋台の軒にぶら下げた提灯には下手な字で「そば」と素っ気なく書かれ、無地ののれんにもやはり「そば」としか書かれていない。屋台のどこを探しても「信楽」という文字は見つからないのだから、これでは店の名を知りようがない。
 このように広報意欲まるでゼロの店であるから、店主もすぐには名前を思い出せないというひどい有り様だ。しかし幸いなことに、偶像町にはそばの屋台が一軒しかないので、町の中では「そばの屋台」と言えばそれだけで話が通じる。だから店の名を知らなくても誰も困ったりしない。むしろ、店の名で呼ぶほうが不便であるという事実が、このそば屋の実態を如実に表している。
 信楽は現在、二代目七篠権兵衛の手によって切り盛りされている。
 彼のほかに常勤の従業員はおらず、せいぜい夜の光源と秋冬の暖炉代わりに、火を操る妖たちを臨時に雇うくらいだ。普段は権兵衛一人で店を回しており、店といっても所詮小さな屋台であるから、笠地蔵の団体さんでもやって来ない限りそれで十分事足りている。
 ちなみに、信楽のあぶらあげを気に入った黒狐の娘が、暇な時にふらりと遊びにやって来てはあぶらあげ欲しさに店を手伝うようになるのは、もう少し先のお話である。
 紹介ついでに店主についても話をしておこう。
 彼は、年の頃は三十になるかならないかの青年だ。
 本人の弁によれば、店を継ぐ前まで偶像町の外で生活していたのだが、三年前に父親である初代権兵衛が病で亡くなったのを機に、一大決心して二代目七篠権兵衛として店を継いだのだという。
 子が親の稼業を継ぐ。それ自体は巷のどこにでもある、よくありふれた話だ。が、権兵衛親子のそれについて、よくある話の一言で済ませてしまうのはよろしくない。
 というのも、二代目権兵衛が語る後継ぎ話は、頭の先から尻尾の端まで真っ赤な嘘がぎっしり詰まった法螺話であるからだ。そもそも店を始めた初代権兵衛からして人間ではない。
 偶像町の外れに、萩の原と呼ばれる土地がある。
 その周辺の山森に棲息する狸―《萩狸》―が妖となったもの。いわゆる“古狸”と称される獣の妖。それが、七篠権兵衛と名乗る者の正体だ。
 七篠権兵衛の中の狸は、すでに百年以上もの時間を生きており、両手では数え切れない数の妖術を操る。妖術のなかでも幻術を得意とし、変化術と言われるものに関しては古狸たちの間でも屈指の腕前を誇り、ありとあらゆるのものに化けることができる。たとえ妖でも権兵衛の変化を看破するのは容易なことではない。
 そんな権兵衛には、二つのこだわりがある。
 一つは、変化の数だけ名前も使い分ける、というもの。七篠権兵衛(ななしのごんべえ=名無しの権兵衛)という、いかにも胡散臭い偽名感丸出しの名前も、そば屋の店主に化けている時にだけ使用する仮名の一つだ。
 そして、もう一つのこだわりは、普段から仮の姿と名前で生活する、というもの。彼の本名を知る者は同胞の古狸たちを除くと、ごく僅かの者に限られる。権兵衛の幼い頃を知る三浦あずさに、神出鬼没で情報通な影法師の高木順一朗。そして、遠い昔から偶像町に棲む一握りの古株の妖たち。
 権兵衛がそばの屋台を商売に選んでいるのは、そばが好物だからというのも理由の一つであるが、権兵衛の特技である変化もそれと深く関係している。
 屋台なら町の往来を自然に眺めることができ、低価格の庶民料理であるそばは誰でも気軽に食べに来られるので、そば屋台の店主という生業は、人間観察するのにうってつけの商売と言える。つまり、人間の変化を得意中の得意とする権兵衛がそばの屋台を商売に選んだのは、趣味と実益の両方を満たすからだった。
 そんなわけで――
 今日も今日とて、狸の権兵衛は、偶像町のどこかで人間のフリをしてそばを商っている。

二.笹舟の行く先

 蝉の鳴き声がちらほらと降りはじめた七月の初旬。
 お昼を過ぎ、時計の針が三時を少し回った頃、信楽に一人の客の姿があった。
 雪のように透き通った白い肌。人間離れした優れた容姿。腰に届く柔らかな銀の髪を緋色の髪紐で一つに結い、折り目正しく着た爽やかな色合いの着物が見た目にも涼しい。
 権兵衛が言うところの、“屋台のそば屋に似つかわしくない”類いの客である。
 偶像町を守護せし四条神社の異能の巫女――四条貴音、その人だ。
 貴音が座る席の卓には空になったせいろがすでに二枚重ねられており、今食べている際中のせいろも、もうすぐ空になろうとしている。
 店主の権兵衛はそれを横目に見ながら、そばを一人前ゆでている。いつもの貴音の異常な食欲からして、たった三枚のざるそばで満足するはずがないと考えてのことだ。
 ところが。
 最後の一口をすすると、貴音は箸を置いた。
「ご馳走様でした」
「は?」
 ちょうどおかわりを出そうとしていた権兵衛は耳を疑った。
 これは貴音流の新手の冗談だろうか。
 対する貴音はというと、澄まし顔で口元を拭いている。
 権兵衛は出しそびれたせいろを手に持て余しながら貴音にたずねた。
「まだ三枚目だが、もういいのか?」
「ええ、おかわりはもう結構です。あまり食べては夕飯に障りますし、腹八分目という言葉もありますから」
「はい?」
 ますます不可解極まりない。これはイカなるわけか。
 明日の天気はひょっとするとタコでも降ってくるんじゃあるまイカ。
「姫さんよ、ひょっとして具合でも悪いのか? 頭の」
「失礼な」
 貴音はムッとなる。
「そこは頭ではなく体の具合を心配するところなのではありませんか?」
「いや、だってよ。腹八分目なんて姫さんに似合わねえこと言うから。たったざる三枚じゃ、姫さんの腹一分目にもなりゃしねえだろ?」
「なります!」
 半ば反射的に否定して、ぴしゃりと卓をはたく。
 権兵衛は疑うのをやめない。
 口にこそ出さないが、「本当か?」と明らかに言いたそうな目で貴音を見ている。
 貴音はたまらず権兵衛から顔を背け、それからほんの少し間をおいて、
「……わたくしだって、一分目の半分くらいにはなります」
 と、恥らうような声でぽそりと付け足した。
「なあ、姫さん」
「なんです?」
「ちと判断に迷うんだが、俺はやっぱりここで感心したほうがいいのかね? たったざる三枚で腹一分目の半分におなりになるなんて、姫様も大人になられましたねえってよ」
 瞬間、貴音の顔が真っ赤になった。
 肌白であるせいで余計に赤く見える。これではタコ音だ。
「もうっ! 先ほどから失礼な! 貴方はわたくしを何だとお思いなのですか!」
「何って――」
 顎先をぽりぽりかきながら、
「人間の面かぶった化けもんだろ?」
 権兵衛はさも当然であるかのように答えた。
 悪びれる様子は欠片もない。
 元来、権兵衛は、異能持ちの人間を好まない。
 嫌悪や憎悪を抱くほどではないが、人間の範疇を超えた人間に対して斜に構える癖がある。とりわけ貴音の異能のように絶大な力を持ち、それを妖に向けることを人生の一部としている者に対しては、今のように本音混じりの軽口を平然とたたく。
 四条家は古くから偶像町の神事を司り、町を人でない者たちから守護してきた。
 そうした四条の家に生まれ、正統な血を継ぎ、力を色濃く顕現した貴音は、老人から子どもに至るまで町の者たちから篤く敬われている。貴音を低く扱う人間など、町には一人もいない。
 しかし、それも守られる側から見た場合の話だ。
 偶像町の守護という人間側の大義と理屈のもとに四条の秘剣を振るわれる妖からすれば、神と人の守護者も己の生存をおびやかすただの殺戮者にすぎない。
 無論、権兵衛をはじめ、偶像町の妖たちは貴音が無法の殺戮者ではないと心得ている。
 妖が妖であるという理由だけで斬り祓うような理不尽を働く者ではないことも知っているし、四条家の使命を誇りに想うところはあってもその名を笠に着ていたずらに力を誇示することはないことも知っている。
 生まれつき身に具わる四条の秘剣の恐ろしさを知り、それを持つ手を震わせながらも、振り下ろす先を過つことがないよう日々己を研ぎ澄ましている気高き少女こそ、四条貴音である。
 ゆえに貴音は、親族たちから白い目で見られ眉をひそめられようとも、四条の本丸ともいうべき社の敷地内に妖のあずさと千早を住まわせ、一つ屋根の下で寝食を共にしている。
 “変わり者”。
 そういう言葉で簡単に片付けられるような、底の浅い行いでは決してない。
 あずさたちと深く親交を結んでいる権兵衛もそのことをよく知っている。
 だが――
 心のどこか冷めた部分で権兵衛は思う。

 “今”の俺だから、“まだ”斬られずにいるのだ、と。

 もしもこの先、俺が人間に仇なす妖になったとしたら、四条の巫女は俺を斬るだろうか。
(斬る――、だろうな)
 氷よりも冷たく、鬼よりも無慈悲で、定めすら己が意に従わせる残酷なその刀で。
 貴音に斬られる自分を想像して、権兵衛は自嘲で口の端を歪める。
 馬鹿げた考えだ。
 斬られるのが恐ろしいのなら人間に敵対しなければいい。それだけのこと。
 半世紀も外の人間の町で暮らし、我がままで横暴な人間の女に散々こき使われ、その合間に習ったそばをこうして人間に食わせて銭をもらっているこの俺が、よりにもよってこの大喰らいで世間ずれした四条の銀巫女にどうして斬られなければならないのだ。人間を喰らいたいとすら思わないのに。
 そんな馬鹿げたこと、俺ならありえるはずがない。
 俺ならば。
 つぶやいて、口の中に忌々しい苦みが広がる。
 この世の一寸先はすべからく闇のうちにあると、アイツはそう言っていた。
 明日の自分の姿をあれこれ想像することはできても、何人たりとて明日の自分がどうなっているのか今確実に知ることはかなわない。
 俺ならば――とは、なんと頼りなく、自分に都合のいい仮定であろうか。
 そんなものは水面に浮かぶ笹舟よりも不安定で、いつ転覆するとも知れない。
 手元を離れ、すいすい水面を進んでゆくように見える笹舟も、実際は川の流れに身を委ねているだけのこと。障害物にぶつかればぐらぐら揺れ、淀みにはまれば立ち往生し、流れが激しければたちまち波に飲み込まれ水底に沈む。
 変わらないつもりであっても、事と次第によっては変わらざるをえないこともある。
 それが人であっても妖であっても変わらないこの世の理であるというのに、なぜ自分だけがこの先もずっと今のままでいられると安穏に考えることができるのだろうか。
 人の隣にあっても人ではない。それが妖という存在であるというのに。永遠に人の隣にいられる保証など、どこにもない。
 そこまで考えが及ぶと、慌てて頭から追い出そうとするのがいつもの権兵衛であった。
 妖であるのに、人間を好むから。
 四条の異能は好きではないのに、貴音という少女は嫌いになれないから。
 だから、権兵衛は悪態をつく。
 本人に自覚はないが、それが権兵衛なりの線引きの仕方だった。
 しかし、権兵衛の内心がどうであれ、化け物である妖の権兵衛から化け物と呼ばれる貴音のほうはたまったものではない。
「貴方は、またわたくしを化け物呼ばわりするのですね」
 呆れ半分、うんざり半分。
(本当にしょうがない人……)
 貴音は胸のうちで嘆息する。
 権兵衛との付き合いは、何もつい昨日今日始まったばかりのものではない。これまでにも権兵衛とは話の弾みで軽口をたたき合い、幾度となく権兵衛から化け物呼ばわりされてきた。
 初めて面と向かって言われた時こそ慣れぬ侮辱に戸惑い、うろたえ、少なからず傷つきもしたが、あずさの付き添いで嫌々ながら何度か信楽を訪れ、客として権兵衛と接しているうちに、この妖がどのような者でどういう思考の持ち主か、おぼろげに段々わかるようになった。
 ある時、権兵衛の減らず口に貴音が腹を立てていると、
「権さんはね、素直でへそ曲がりな狸さんなのよ」
 と、素行の悪い弟に困りはてている姉のような笑みを浮かべて、あずさはそう言った。
 素直でへそ曲がり。
 その時は矛盾して聞こえたあずさの権兵衛評も、今の貴音になら理解できる。
 権兵衛が口にする“化け物”という言葉の裏にあるもの。
 それは、“恐怖”の感情。
 恐怖が化け物を産み、化け物が恐怖を産む。
 権兵衛は恐れているのだ。貴音に宿る、四条の力を。
 鞘から抜かずとも一太刀で妖を斬り殺せる四条の刀を。
 四条の力を恐れているがゆえに、権兵衛は“化け物”と悪態をつく。
 四条貴音という少女を恐れぬがゆえに、権兵衛は平然と悪態をつく。
 矛盾している。ねじれている。
 しかし、権兵衛という妖の中ではふたつの理屈がへそ曲がって成立している。
 その証拠に、信楽に訪れるといつだって権兵衛はそば屋の主として振る舞い、貴音を客として迎え入れた。貴音が注文をすれば拒否することなくそばを出すし、貴音が席を立てば他の客と同じく「毎度どうも」と声をかけてくる。連れのあずさの手前渋々そうしているのかと思ったが、貴音が一人きりの時もそば屋の主の態度に変化はなかった。
 また、貴音が異能の一端でも見せようものなら途端に嫌そうな顔をするのも、あずさがいてもいなくても同じであった。
(良い意味でも悪い意味でも己の感情に素直。裏表がない。本当に狸なのでしょうか)
 貴音は可笑しくて仕方がない。
 あずさによれば、もう百年もの歳月を生きているはずである。
 だが、権兵衛の言動のひとつひとつを見てみると、やけに子どもじみたところがある。偶像町でそばの屋台をやっているのだって、人間になりたくても人間にはなれない権兵衛が、それでも何とかして人間の輪に入りたくて必死に人間の真似事をしているようにも貴音には見えた。
「さしずめ、百歳児、といったところでしょうか」
 貴音がそう感想を述べると、あずさはぷっと吹き出した。
「うふふ、そうね~。ああいう子だから、貴音ちゃんも言われっぱなしになってちゃダメよ。怒りたければ怒っていいし、思うことがあったら遠慮や我慢なんかしないで、どんどん言いたいことをぶつけちゃいなさい。曲がった鉄は火を入れて叩いてあげないとずっと治らないんだから!」
「……そうですね。わかりました。次からそうさせていただきます」
 貴音の言葉に嘘はなかった。
 権兵衛の人となりを把握したその日から、貴音は権兵衛に遠慮することをやめた。
 今だって遠慮なんかしない。
「なんと物分りの悪い方なのでしょう。化け物に化け物呼ばわりされる筋合いはないと、わたくしは何度も申しているはず。いつになったらその古びた頭で理解していただけるのですか」
「なァに言ってやがる。いい加減、姫さんも己の身の程を知ったらどうだ。そばを何十枚もぺろりと平らげるその上品な口からひねり出した言葉でネギを切るように妖をぶった斬るなんざ、化け物以外の何だっていうんだ」
 権兵衛も勿論遠慮しない。町の人間に聞き咎められそうなことをきっぱり言う。
 貴音は冷静に努め、言い返した。
「お言葉ですが、そう言う狸オヤジ殿こそ、そろそろ身の程をお知りになるべきなのでは」
「何がだ?」
「わからないのならお教えしましょう。そば打ちは本来、人間の営みにして領分。人間に非ざる三下の化け物の分際で、こんな真昼から人間の真似事をするなど笑止千万。ちゃんちゃら可笑しい。狸は狸らしく、茶釜で茶を沸かすか月夜に腹太鼓でも叩いておればよろしいのです。身の程を弁えなさい」
 言葉をもって断刃(ことば)となすのが四条の巫女である。
 祝詞を唱えるが如く、神楽を舞うが如く、悪口すらも淀みなく流麗に舌に乗せる。
 これには権兵衛も「うっ」と唸って、言葉を詰まらせた。日頃、萩狸の長老連中から口やかましく言われているのと同じ事を貴音にまで言われてしまった。
 偶然にも痛いところを突かれた権兵衛は苦虫をつぶした。
「言いやがったな」
「言ってさしあげました」
「ちっ、そこまで言われて黙ってちゃあ狸が廃るってもんだ。今度一晩中、姫さん家の庭で盛大に太鼓を叩きまくってやろうか」
「どうぞご自由に。その時は安眠を妨げる不届きな妖風情を、このわたくしが直々に成敗してさしあげましょう」
 四条神社の離れ家には権兵衛が姉と慕うあずさも暮らしている。夜間、庭で太鼓を叩けば当然あずさも巻き添えにしてしまうのだから、権兵衛には端からそんなことをするつもりがなく、口先だけであることは貴音も承知している。万々が一、権兵衛がそんな愚行に及んだところで、貴音自ら成敗するまでもない。あずさに「めっ」と叱られ、尻尾巻いて逃げ出すのが目に見えている。
 結局は、お互いにいつもの売り言葉と買い言葉であった。
 しばらく睨みあった末に、権兵衛は大袈裟に息を吐いて頭をかいた。
「相変わらず四条の巫女はおっかねえな。善良な妖を脅すたァ、碌でもねえ巫女様だ」
「妖に畏れられるは巫女の誉れ。褒め言葉として頂戴しておきましょう」
「おまけに図々しいときたもんだ。勝手にしろ」
 言い捨てて、権兵衛は貴音に背を向ける。
 今日の勝負は貴音に軍配があがった。
「ところで――」
 と前置きして、
「狸オヤジ殿はらぁめんというものをご存知ですか?」
 ぶつくさ文句を垂れながら調理場で作業をしている権兵衛に、貴音は話を切り出した。
「ああ、知ってるよ。昔、町の外に出ていた時、出張ついでに色んなとこのラーメンを食べに付き合わされたからな。思い出したくもないが」
「そうですか。では、ざるらぁめんというものは?」
「ざるラーメン?」
 権兵衛は首をかしげる。
「聞いたこともないな。ざるそばみたいなもんか?」
「左様。狸オヤジ殿を料理人と見込んでひとつお頼みしたいことが。ざるらぁめんを作っていただけませんか?」
 言うと、「ん?」という顔つきで権兵衛が固まった。
 表情を硬直させたまま軒先にぶら下がっている提灯を指差し、
「そこになんて書いてある?」
 と訊いた。
 貴音は背を反らして提灯の正面に書かれた文字を読んだ。
「そば、と書かれております」
「うちはラーメン屋じゃない」
「店違いは承知しております。ですが、生憎この町にはらぁめん屋がありません。代わりにらぁめんを打てそうな方といえば、わたくしの知る限り、狸オヤジ殿だけなのです……」
 花がしおれるように貴音はうつむいた。
 さっきまで威勢よく口喧嘩を売り買いしていただけに、その様子にただならぬものを感じ、権兵衛は言葉を選んでから口を開いた。
「あのな、姫さん。俺の料理の腕を買ってくれるのは嬉しいんだがよ。そばとラーメンが似てるからって、そんなこと言い出されちまった日にゃあ、俺はお客にところてんを頼まれたらところてんも作んなきゃならなくなるだろ」
「そう、ですね……」
 力なく頷く。
「あずさも喜んで食べてくれると思ったのですが……」
 貴音のかすかなつぶやきが権兵衛の耳についた。
「姐さんが? 姐さんがどうかしたのか?」
 権兵衛に訊かれて、貴音がゆっくりと顔を上げる。
 そこには今にも泣き出しそうな暗い曇り空が広がっていた。
 権兵衛はたじろいだ。やはりあずさの身に何かあったのだ。
「今日は比較的涼しいほうですが、ここのところ毎日暑さが続いているでしょう?」
「ああ」
 今年は例年に比べ梅雨の雨量も少なく、あっけなく思えるほど足早に去っていった。
 暦はまだ七月に入ったばかりだというのに早くも盛夏の兆しを見せている。
 偶像町は山に囲まれているためただでさえ夏は暑いのだが、この調子で八月になれば蝉も熱射病にやられそうなひどい猛暑になりそうだと、町の住人たちは今から噂している。
「おそらく急な気候の変化に体調を崩されたのでしょう。食が進まぬようで、わたくしや千早も心配で」
「粥やくだものなんかも受けつけないのか?」
「はい。ですから、まだ口にしたことのない料理であれば、あずさも物珍しさで食べてくれるのではないかと思いまして。それも狸オヤジ殿がわざわざ作ってくれたものならば尚のこと」
 権兵衛は黙して答えず、腕組みをして考え込んでいる。
 それをのぞき込むように、
「やはり作れないのでしょうか?」
 おずおずと貴音はたずねる。
「いや。材料と作り方さえわかれば、それなりに食えるものは作れると思うが……」
「ならば何も問題はないではありませんか!」
 破顔して手をたたく。
「いや、だからな、材料と作り方が」
「なんとかなります!」
 自信に満ちた声で貴音がはっきりと言い切った。
 ぎょっとして目をひん剥いたのは権兵衛である。
「ちょっ、ちょっと待て。今の、まさか、四条の力を使いやがったのか?」
「はて、なんのことでしょう?」
 言っていることが理解できぬといった風に小首をかしげる。
「とぼけんな。さっき、なんとかなります!って断言しただろ」
「そんなこと言いましたか?」
「言った!」
「言われてみれば……、言ったかもしれませんし、言わなかったかもしれません」
 権兵衛の非難もどこ吹く風。
 草を食みながら尻尾で蝿を追い払う牛よろしく貴音は涼しい顔をしている。
「かーっ! なんでこの姫さんはこういうつまんねえことに限ってあっさり力を使うんだかな。俺にはまったく理解できねえよ」
 権兵衛が天を仰いで嘆いていると、ゆるゆると首を振り、
「つまらないことだから、使うのですよ」
 そう言って、やわらかに貴音は微笑むのであった。

三.本は届けられた

 翌日の午後のことである。
 開店の準備中、仕度の手を休めて権兵衛は考え事に耽っていた。
 昨日、貴音に頼まれた、ざるラーメンなるもの。
 あちこちのラーメンを食べた経験とその名称から、大体の予想はついている。
 とはいえ、ラーメンを食べたことはあっても作ったことは今まで一度もなく、貴音には一括りされてしまったが、そばの屋台を営んでいてもラーメンに関してはズブの素人だ。まずはラーメンの基本的な作り方から学ばなければならない。
「しかし、この町にラーメンの作り方を知ってるやつがいるとは思えんしなあ……」
 そもそも作り方を知っている者が町にいるのなら、店違いの権兵衛のところへやって来る前に、貴音はまず先にそっちにあたっているはずだ。貴音も権兵衛以外にラーメンを打てそうな者は知らないと言っていたではないか。貴音がその気になれば、“いる”と言えば“いる”ことにできるのに、だ。
 あずさに関わる事とはいえ、因果律を歪めることすら可能な四条の力を、無闇に使うのを控えているのだろう。
 権兵衛には躊躇なく力を使ったが、“いない”者を“いる”ことにしたり、偶像町に一軒も“ない”ラーメン屋を“ある”ことにするのと比べれば、そば屋の権兵衛がラーメンの作り方をどこかで知るくらいならば他の者や因果律に与える影響は軽微なものと言える。
(姫さんにしては殊勝なことだ)
 思わぬところで貴音を見直した権兵衛であった。
「となると、あとは本屋で調べるのが妥当な線か」
 貴音の力を信ずるならば、『タヌキでもわかるラーメンの作り方』とでも題名された本が、ホコリをかぶって店の片隅に置かれているに違いない。そして、それを“偶然にも”権兵衛が見つけてしまうのだろう。貴音の言葉はそういうものなのだ。
(ふん。あれだけ四条の力を嫌っておきながら、こうやってそれを期待してるとはな。ザマァない。俺も姫さんのことは言えんな)
 権兵衛が自分のことを鼻でせせら笑っていると、そこへ、
「あのう、ごめんください」
 背にしていた屋台のほうから声をかけられた。若い女の声だ。
「ああ、すみません。まだ準備中でして」
 振り返ると、屋台をはさんだ向こう側の通りに女が立っていた。
 特徴的なまん丸のメガネに、肩にかかった髪がぴょんと跳ねている。
「こんにちは、権兵衛さん」
「なんだ、誰かと思ったら岡本さんとこのまなみちゃんか」
「はい」
 手にふろしきで包んだ荷物を抱え、ぺこりとお辞儀したのは、偶像町に本屋を構える『岡本書房』の看板娘、岡本まなみだ。
 どこか頼りなさそうな印象を受ける娘であるが、それはあずさのものとはまた違う彼女独特の柔らかな物腰と優しげな雰囲気の裏っ返しとも言えた。
 古書も扱う岡本書房にはちょくちょく暇つぶしの本を買いに行くこともあり、まなみとは顔なじみである。
 まなみも貴音ほど頻繁ではないが、ときどき信楽にそばを食べにやって来る。
「すまないけど、ちょっとだけ待っててもらえるかな。すぐに仕度を終わらせちゃうから」
「あ、いえ、すみません。今日はおそばを食べに来たんじゃないんです」
 空いてる手で慌てて手を振る。
「そりゃ残念。ってえことは、その手に持ってる商売道具と何か関係でも?」
「はい。本のお届けものです」
 にっこり笑って、『岡本書房』と文字が書かれたふろしき包みを権兵衛に見せる。
 客が注文した本を取り寄せると、まなみはわざわざ客の家まで足を運び、こうして本の出前サービスをしている。本好きの日中忙しい人や足腰の弱い老人たちに大変喜ばれているそうで、角張ったふろしき包みを片手に持って歩くまなみの姿を、権兵衛も屋台越しに町なかでよく見かけた。
「お届けものって、俺にか?」
 権兵衛は怪訝な顔をする。
 まなみにお届けしてもらうような本を注文した覚えがないのだ。
「実はこの本、もともとは別のお客様がご注文なさっていた本なんです。昨日の夕方取り寄せたばかりで、たった今お客様の所へお届けしに行ってきたんですが、そしたら権兵衛さんのほうに届けてくれと頼まれまして。あ、本のお代は元のお客様から頂いているので大丈夫ですよ」
 まなみの話を聞いて権兵衛はますますわけがわからなくなった。
 本を贈られるような覚えなどちっともない。
 疑問符を頭に並べる権兵衛をよそに、まなみは卓の上に荷物を広げた。
 ふろしきの中から出てきたのは数冊の本。
 そのうち一番上に重ねられていた本を権兵衛に手渡す。
 権兵衛は訝しがりながらそれを受け取り、
「!?」
 本の表紙を見て、文字通り絶句した。
 表紙には大きな文字で本のタイトルが記されている。

 『タヌキにも三日でわかるラーメンの作り方』

 表紙に書かれているのはタイトルだけではなく、ぺろりと舌を出して片目をつぶったタヌキがコックの帽子と制服を着て、得意げにラーメンの丼を右手に掲げている絵がでかでかと描かれている。
「なるほど、そういうことか……」
 腹の底から込み上げてくる嫌な笑いを噛み殺し、権兵衛は独りごちた。
 お茶目なタヌキを睨みつけながら、まなみにたずねる。
「この本を俺に届けるよう頼んだお客ってえのは、もしかして四条の尻巫女かい?」
「しりみこ?」
 四条の、と言ってることから、それが貴音を指しているのはわかった。
 けれど、聞き慣れぬ「しりみこ」という言葉にまなみは首をひねった。
「ケツのでかい巫女ってことだよ」
「まあ!」
 ひどい言い草であった。
 あろうことか、四条神社の巫女様を、お尻の大きな巫女などと呼ぶのは不敬極まりない暴言である。たとえそれが事実で、まなみも密かに「貴音さんのお尻って見事な安産型ね。赤ちゃんを何人でも産めそう」と思っていたとしても、それを口に出して言うのは憚られた。
 なのに、このそば屋の若店主ときたら、堂々と!
(これはちゃんと抗議しておかないと。この人のためにもきっとよくない)
 心の中でぎゅっと握りこぶしを結び、いざ抗議しようとして権兵衛に向き直ったまなみは、権兵衛の顔を見た瞬間、妙な使命感もどこへやら、口から出かかっていた抗議文を慌てて口の中へしまった。
 権兵衛の顔が大変なことになっていた。
 例えるなら、粘土で作った観音様と仁王様の顔をごちゃっと無理矢理くっつけたような、笑いと怒りを同時に表現した奇妙なものが権兵衛の顔の上で展開されていた。
(あんなのまともに見たら、悪い夢を見ちゃいそう…!)
 たまらず、まなみは「ううぅ…」とうめいた。
「ん? どうかしたか、まなみちゃん?」
 目ざとくそれに気がついた権兵衛が訊いてくる。
「い、いえっ、なんでもありません、なんでも。私、まだこれからお届けものがありますので、これで失礼させてもらいますね。では」
 挙動不審に急いでふろしきを包みなおすと、脱兎の如くまなみは急ぎ足で信楽を後にした。一人残された権兵衛はその後ろ姿をしばらく不思議そうに見つめていた。
 それからややあって。
 関心の糸が突然切れたかのように、権兵衛は手にしていた本を卓に放り出した。
 そして、腕組みをして昨日の貴音の言葉を思い返す。
 貴音は言っていた。
「(なんとかなります!と)言ったかもしれませんし、言わなかったかもしれません」と。
 あの時、権兵衛はこれを曖昧なぼかしによる肯定、すなわち四条の力を使ったのだと捉えた。
 しかし実際は違った。
 貴音は確かに「なんとかなります!」と言いはしたが、それに四条の力を込めていなかった。
 込める必要がなかったのだ。
 なぜなら、仕込みはとっくに済んでいて、あとは前フリとして権兵衛にざるラーメンの話をして聞かせればよかったのだから。その話の中で意味深にそれらしいことを匂わせることで、抗い難い四条の力で縛ったと権兵衛に勘違いさせて無駄な抵抗を諦めさせる。そして、ざるラーメンを作る約束さえさせてしまえば、貴音の思惑は九割方達成される。
 権兵衛は歯噛みした。
 今さら真実を知ったところで、もはや後の祭だ。
 約束を反故にすれば、今後ねちねち責められる格好の口実を貴音に与えてしまうことになるし、逆に権兵衛が真実を指摘し糾弾したところで貴音は知らぬ存ぜぬを押し通し、のらりくらりとかわされるのが関の山だ。だいたい貴音に騙されたとはいえ、「材料と作り方さえわかれば作れる」と、自分の土俵で一旦約束してしまったからにはそれを破るのはどうにもプライドが許さない。
 狡猾で計算高い四条の巫女のこと、それをきっちり読み切った上で、あえて四条の鎖で縛りつけなかったのだろう。そうなるとますます約束を反故にできなくなる。自由意思のもとにこれに背けば、この権兵衛には料理人としての自負がないと自ら認めるのにも等しい。貴音相手にそれだけはしたくない。死んでも御免蒙る。
「くそったれ…!」
 ほくそえむ貴音が見えた気がして、権兵衛は虚空に向かって虚しく吠えた。

四.試食いたしましょう

 一週間前と同じ時刻、同じ場所、同じ屋台の席にて。
 社の銀巫女こと四条貴音は、卓をはさんで信楽の店主権兵衛と向き合っていた。
 目の前には器が三つ並べられ、それらを眺める貴音の視線は幾分冷やかである。
 その様子は「眺める」というより「睥睨する」といったほうが正しい。
 三つの器は向かって右から、せいろ、四角い小皿、小さめの丼の順に並んでいる。
 せいろにはそばとは異なる麺が一山盛られ、その上にはざるそばのように刻んだ海苔が散らされている。その隣の四角い小皿は十字型に四つに仕切られており、それぞれの場所には薬味のネギ、わさび、白ごま、ゆずが少量ずつ乗っている。そして、左の小さめの丼。そこに六割ほど満たされている液体は濃い醤油色をしている。
 貴音の不機嫌の原因は、まさにその液体にこそある。
 暴発しそうになる感情を抑えながら、
「これは、一体何のつもりですか?」
 丼に注がれた液体を指差し、貴音は権兵衛に言った。
 その声には多量の非難が混じっている。
 しかし、問われた権兵衛はそれを無視して、おどけてみせた。
「何って見ての通りさ。ざるラーメンのつけ汁だよ。まさか、食いしん坊な姫さんは麺だけで食べるつもりだったのかい?」
「馬鹿を言わないでください」
 丼に鼻を近づけてみると、信楽で何度も嗅いだことのあるかつお節と昆布のダシがよくきいた食欲をそそる良い匂いが汁から香っている。
 やはり――
 貴音は目を尖らせて権兵衛をキッと睨む。
「そばつゆではありませんか!」
「そうとも。うちのつゆに何かご不満でも?」
「当たり前です! 麺はいいとしても、つけすうぷがこれではざるらぁめんとは申せません!」
「なに言ってんだ。ちゃんとそばの代わりにラーメンの麺を盛ってるだろうが。ざるそばのラーメン版なんだから、これで合ってんだ。そうに決まってらァ」
 権兵衛が自己流解釈を垂れる。
 その時。
 ぷつん、と何かが切れる音がした。

「この、たわけ者!!!!」

 大喝。空気がびりびり痺れる。
 今ここにちゃぶ台があれば、貴音は頑固親父ばりにちゃぶ台返しをしたに違いない。
「らぁめんをそばつゆで食べさせる痴れ者がどこにいるのですか! ざるらぁめんは、ざるそばの形式でらぁめんの麺を冷たいすうぷに浸して食べる、夏ならではらぁめんなのです。それを安直に麺を替えただけでざるらぁめんを名乗ろうとは言語道断。許し難し。さあ早く、らぁめんに謝りなさい!」
「誰が謝るか。たわけはどっちだ。一体どこの世界にそば屋にラーメンを作らせる馬鹿がいるってんだ。こちとらそば屋の誇りを一旦脇に置いてラーメンを打ってやったんだ。つゆくらい大目に見ろ」
「愚かな」
 一言つぶやいて。
 貴音は薄い笑いを唇に乗せ、卓の上を指でなぞると、その指先をふっと吹いて見せた。
「そりゃあどういう意味だ…?」
 権兵衛のこめかみに青筋が浮く。
 貴音はにっこりと微笑んで、
「貴方の誇りなど、その辺のホコリよりも軽いということです」
 さらりと言ってのける。
 あからさまな挑発であるが、しかしそれが逆に、熱した権兵衛の頭を急速に冷やした。
「……食うしか能がねえくせに文句垂れることだけは一丁前だ」
「文句ではありません。代価に見合うだけのものを食したいという客として当然の要求です」
「ほう、客と言うからには今日はちゃんと銭を払ってくれるんだな?」
「ご冗談を。このような半端なものに代金など払えません」
 と言いながら、貴音は慣れた手つきで薬味のネギとわさびをつゆの中に落とすと、麺を一つまみしてつゆに浸し、それをすすり始めた。
 麺をすする良い音が小さな屋台に響く。
 それがあまりにも自然であったために権兵衛は文句を言うのも忘れ、一連の流れるような貴音の所作にすっかり見とれていた。
 そして、ようやくそれに気がついたのは貴音が二口目を食べ終えた後だった。
「銭を払う気がねえのに堂々と食うの、よしてくんねえかな」
 疲れた顔で権兵衛が言う。
 すると、貴音はかすかに微笑し、それから真剣な眼差しを権兵衛に向けた。
「それはそれ、これはこれ。据え膳食わぬは四条の恥ですから」
「無駄に良い顔しやがって。四条の看板も泣いてんな、こりゃ」
 やになっちまうぜ、まったく。
 ぼやきつつ屋台を出ると、権兵衛はふらふらと通りを歩き出した。
「どちらに行かれるのです?」
「ちょっとそこまで買出しにな。すぐに戻るから店番しててくれ」
「天海屋に行くのでしたら、わたくしにもお饅頭を買ってきてくださいね」
 抜け目ない注文に脱力した権兵衛の首がかくっと折れる。
「……あいよ」
 やけくそ気味に返事して、権兵衛は空を見上げた。
 誰かと手を繋ぎたくなるような輝く空が、遥かな高みまで続いている。
 この空は、はたして世界のどこまでつながっているのやら。
 期待に満ちた貴音の視線を後ろ背に感じながら、権兵衛は、今日も今日とて偶像町を歩いている。

五.離れ家にて

「え?」
 最初にきょとんとしたのはあずさ。
「へ?」
 あずさがきょとんとしたのを見てきょとんとなったのが権兵衛。
 お互いに意味がわからず、あずさと権兵衛は顔を見合わせた。

 貴音に試食のざるラーメンを披露してから二日が過ぎた。
 偶像町で最近の話題は、季節になっても一向に咲かない花たちと町を徘徊する不思議な犬の話で持ちきりだ。
 どこぞの夫婦の痴話喧嘩やどこぞの妖娘の恋模様、はては大衆図書に現を抜かす配下の八咫烏を嘆く神様の愚痴やらまで。商売柄、《昼》と《夜》の町の噂を多く耳にする権兵衛も、勿論それを耳にしていた。
(咲かない花に不思議な犬か。犬といやあ千早の嬢ちゃんだが、何か関係でもあるのかね)
 噂話を頭の隅でこねくり回しつつ、権兵衛は、町の起伏をえんやこらと乗り越えながら屋台を引いていた。
 通い慣れた道をしばらく行くと、やがて天まで届きそうな石段にたどり着いた。
 遠目からは白い大蛇のようにも見えるそれのてっぺんに四条の神社がある。
 権兵衛は石段のふもとに屋台を止め、岡持ちを片手に軽い足取りで石段をのぼった。
 岡持ちの中には例のざるラーメンが収められている。
 妖である権兵衛が人目を憚ることなく神社の鳥居をくぐるのは何ともおかしな光景であるが、昼間出かけるのが労になるあずさのために、月に数回、屋台ごと特別出張するのが権兵衛の習慣だった。
 こうやって岡持ちを持って神社の石段をのぼるのは久しぶりだ。
 いつもなら石段のふもとに屋台を止めて、貴音や千早を伴ってあずさが日傘を差して降りてくるのを権兵衛は大人しく待っていればよかった。
 けれど、今日は事情が事情だ。
 あずさの体を気づかって、権兵衛のほうからあずさたちの離れ家へ出向くことにした。
 鳥居をくぐると、石畳の参道が境内を真っ二つに割って拝殿に向かってまっすぐに伸びており、神社の核である本殿は、賽銭箱が設置されている拝殿と構造的に一体となってその奥にひかえている。
 本殿の脇には神楽殿や祭具殿が、その背後には四条の者たちが暮らす屋敷がある。
 そして、さらにその先のもっと奥、神社の敷地の隅のほうに一段と小高い場所があり、そこは何かを隠すように視界を木立によって遮られている。
 権兵衛が目指すあずさの離れ家は、その木立の向こう側にある。さながらこの木立は、人と妖の領域を分け、神聖な神社と穢れの離れ家を隔てる屏風であった。
 もっとも、敷地内で最も高い場所にあるのがこの離れ家だ。そこからは偶像町の町並みはおろか、神社の屋根すらも見下ろせるのであるから、居候の妖が家主の神の頭の上に住み、そこで人間の少女と寝食を共にしているというのはいささか奇妙な構図ではあった。
 木立の中へ続く緩やかな坂も踏破して、権兵衛は離れ家の玄関に向かって訪問を告げた。
 すると、「はーい」という明るい声と共に、あずさ自ら戸を開けて顔を出した。
 体調を崩していると聞いていた権兵衛は、てっきり貴音か千早が出てくるものと思っていたため、不意なあずさの登場に少々面食らった。貴音から話を聞いた時からだいぶ日が経つし、体調も良くなったのだろうか。 
「いらっしゃい、ぽん太郎ちゃん」
「うん、久しぶり」
 普段は仮の名と仮の姿で暮らす古狸の権兵衛も、あずさと二人きりの時だけは、妖になる前の子狸だった頃の自分に戻る。「ぽん太郎ちゃん」というのも、あずさだけがそう呼ぶ幼い頃からのあだ名だ。
 本名を呼ばれる事を極端に嫌う権兵衛に気を使って、本名を知っているあずさも権兵衛と二人だけの時は「ぽん太郎ちゃん」と呼び、権兵衛が仮の姿の時は権兵衛のことを「権さん」と呼ぶように仮の名で呼んでいる。
「それよりも姉ちゃん、姫さんと犬の嬢ちゃんは?」
「二人ともお出かけ中よ。さ、中に入って」
 弾んだ笑顔のあずさに案内されて、権兵衛は居間へ通された。
(いくら姉ちゃんでも、さすがに家の中では迷子にならないか)
 あずさの背後でほっと胸をなでおろす権兵衛であった。
 挨拶もそこそこに、権兵衛は早速、岡持ちのフタを開けた。
 あずさはざるラーメンを見ると事のほか喜んだ。
「まあ、これがざるラーメンなのね。貴音ちゃんが楽しそうに話していた」
 貴音がしかめっ面しそうなことをあずさが言う。
 権兵衛のざるラーメンが食卓の話題にのぼった時、貴音は権兵衛のいい加減な仕事にすこぶる立腹していたのだが、それを聞いていたあずさにはどうやらそれが楽しそうに見えていたらしい。貴音がこの場にいたらすぐに訂正を入れたことだろう。
 だが、今日は千早を連れて外に出かけている。
 この家にしては珍しくあずさ一人しかいない。
 騒がしい二人がいないせいかずいぶん広く感じる、と居間を見渡しながら権兵衛は思った。
「ねえ、ぽん太郎ちゃん。訊いてもいい?」
 そう言ってあずさがたずねたのは、そば屋の権兵衛がどうしてざるラーメンを作ったのかというもっともな疑問だった。ざるラーメンを作ってほしいと注文した当の貴音は、ざるラーメンを食べた感想をまくし立てただけで、その経緯についてはてんで触れなかった。
 食欲不振のあずさを心配して権兵衛に無茶を頼んだと説明するのが照れくさかったのかもしれない。
(あの姫さんにも可愛いとこがあるもんだな)
 権兵衛は笑いをこらえた。
 あずさがどうしても理由を聞きたそうにしているので、ついでに貴音の株でも上げといてやろうと、事の経緯をはじめから説明することにした。
 そして、話があずさの食欲不振の辺りに差しかかると、あずさがなぜか「え?」と声をあげて驚いたのが冒頭のくだりである。つい最近の自分の話であるのにまるで知らないといった様子のあずさを見て、権兵衛まで「へ?」と目を丸くした。
「あらあら。私ったら、体の調子が悪そうに見えてたのかしら~?」
「いや、かしら~?じゃなくてさ。自分のことだろ、姉ちゃん」
「うふふ、ごめんなさい」
「姉ちゃん、もう一回確認するけど。姉ちゃんがこの暑さにやられて食欲がないのが心配だから、ざるラーメンを作ってくれって俺は姫さんに頼まれたんだけどさ、それに心当たりは全然ないわけ?」
「えーっと~……」
 頬に指を当ててしばし考えて。
 やがて何かに思い当たったらしく、あずさははにかんだ。
「あのね、ぽん太郎ちゃん。どうやら私、貴音ちゃんにダシにされちゃったみたい」
「は?」
 権兵衛はぽかんと口を開けた。
 上滑りしそうになるあずさの言葉を頭の中で何度も何度も丹念に噛み砕いて、やっと権兵衛はあずさの言わんとしていることを理解した。
「それってつまり……、姉ちゃんの具合はちっとも悪くなくて、単に姫さんが食べたかったから俺に嘘をついたってことか……?」
 権兵衛の拳がぷるぷる震える。
 それを見たあずさは、ややためらいがちに頷いた。
「あんにゃろう……!」
「怒っちゃダメよ」
 すかさずあずさがたしなめる。
「考えてもみてちょうだい。どうして貴音ちゃんは、自分が食べたいからざるラーメンを作ってくださいってぽん太郎ちゃんに素直にお願いしなかったのかしら?」
「そりゃあ……」
 言いかけて、権兵衛は口を噤んだ。
 回答はある。けれど、それを言えば自分がみじめになる気がしてならなかった。
 あずさはしばらく権兵衛の言葉の続きを待ってみたが、権兵衛は貝になってしまった。
 やむなく、あずさは続けた。
「貴音ちゃんが本当のことを言ってぽん太郎ちゃんにお願いしても、ぽん太郎ちゃん、冗談じゃないって怒るでしょ? 貴音ちゃんだって怒られたくはないのよ」
 推測したありのままをあずさは穏やかに述べている。
 けれど、穏やかな言葉の陰には、ほんの少しだけ権兵衛を責める隠し味があるのを権兵衛は感じ取っていた。それがちくり、ちくりと、権兵衛の胸を刺す。
 あずさの言うことに間違いはなかった。もし本当の理由を言って頼んでいたら、たとえどんなに貴音が真剣だろうと、権兵衛は取りつく島もなく貴音の頼みを一蹴していただろう。「うちはそば屋だ。ラーメン食いたきゃラーメン屋へ行け」と。
 だから、貴音は策を用いた。
 権兵衛の泣き所はあずさである。
 あずさのためと言われれば権兵衛が断れないのを知っていたから、あんな嘘を言ったのだ。
 見方を変えれば、権兵衛自身が招いた嘘とも言える。
 それに気がついてしまった権兵衛は、何か反駁しようとしても、胸にある自業自得という思いが喉を塞いで言葉が出てこなかった。
 二人だけでは広すぎる居間に沈黙が訪れた。
 静かな空間にある音といえば、あずさがすするラーメンの音だけだった。
「ぽん太郎ちゃんが作ってくれたこのざるラーメン、冷たくてとっても美味しいわ」
 それは、もういいわよ、というあずさからの合図。
 眉間にしわを寄せて渋面していた権兵衛は息をついた。
「……そう。それならよかった。姉ちゃんに喜んでもらえて」
「でも、こんなに美味しいのに、どうして貴音ちゃん、あんなに不満を言ってたのかしら」
 あずさの素朴な疑問に、権兵衛は少しバツの悪そうな顔をした。
「そりゃあまあ、仕方ないんじゃないかな。姫さんにはそっちのラーメンスープじゃなくて、普段うちで使ってるそばつゆをわざと出したから」
「えっ」
 あずさは思わずスープが入った丼に視線を落とした。
 ネギや白ごまが浮かぶうすい醤油色をした鶏がらベースの液体にあずさが映っている。
「じゃあこのスープ、貴音ちゃんが怒ったから新しく作ったとかいうんじゃなくて、最初から作ってあったの?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません」
 澄まし顔で貴音の口ぶりそっくりに権兵衛はセリフを真似る。
 声色まで変えて真似るものだから、目をつぶって声だけ聞くと、一緒に暮らしているあずさでさえ貴音が言ったのかと勘違いしそうになる。
「困った子。意地悪しないで貴音ちゃんにもちゃんとスープを出してあげればよかったのに」
「いいんだよ。もともと姉ちゃんだけに食わせるつもりで作ったんだから。狸を騙そうとするずるい尻巫女にはあれで十分さ」
「ぽん太郎ちゃん」
 口が過ぎる権兵衛を真正面に見据えて、一言、釘を刺す。
 落ち着いた低い声であるが、権兵衛をたじろがせるのに十分な威圧があった。
「ちぇっ。わかったよ、わかりました。今度、うちに姉ちゃんと一緒に来たら特別にちゃんとしたものをご提供させていただきますって。姫さんにもそう言っておいてくださいな」
「約束よ?」
「ああもう、俺も信用ねえな。ったく、つくづく姉ちゃんは姫さんに甘えんだから」
 捨て台詞を吐いて権兵衛は畳の上にごろんと横になった。
 見かけは大きな青年だが、こうして不貞腐れて狸寝入りしている姿は、あずさから見れば昔と全然変わらない小さな子狸のままだった。
 あずさは貴音の言葉を思い出した。

 ――さしずめ、百歳児、といったところでしょうか。

「百歳児、ね」
 権兵衛の性質を的確に言い表した言葉だとあずさは思う。
 くすくすと忍び笑いをしていると、つぶっていた権兵衛の片目が開いた。
「……何か言った?」
「ううん、なんでもない。白菜ねって、言ったのよ」
「白菜?」
「このラーメンを普通のラーメンみたいに温かいスープに入れて食べるなら、付け合せの具はゆでた白菜とか合いそうと思って。鶏がらのスープが優しい味をしているし」
「ふーん……。まあ、なんでも、いいですけれど」
 今度は千早の声色で、彼女の口癖を真似て。
 権兵衛は寝返りをうってあずさに背を向けると、ぼりぼりと尻をかいた。
「あらあら」
 あずさが先ほど貴音の肩を持ったのが権兵衛には面白くなかったらしい。
 いつの間にやら権兵衛の尻にひょっこり生えた大きなふさふさした狸のしっぽが、子どもが地団駄を踏むように不満げに畳をぺしぺし叩いている。
(これでも、ぽん太郎ちゃんにもずいぶん甘いつもりでいるのだけれど)
 上下に振れるしっぽを眺めながら、あずさは最後の麺をすすった。

 後日――
 信楽の品書きに新しいメニューが三品ほど追加された。
 煮卵や海苔の他に、ゆでた白菜と鶏のつくねを具に添えた『白菜ラーメン』。
 ざるそばの要領で冷たい鶏がらスープに浸けて食べる『鶏ざるラーメン』。
 そして、ラーメンスープの代わりに信楽のそばつゆで食す『姫ざるラーメン』である。
 約束通りあずさと二人っきり水入らずでラーメンを食べに来た貴音が、三品目の品書きを見るや冷たく微笑み、「これはどういうことでしょう?」と権兵衛を鋭く問いただしたのは言うまでもなく。権兵衛がそれに皮肉で答えると、すかさず貴音がその喧嘩を買い、逆に貴音が喧嘩を売れば権兵衛がこれを買うといった調子で、二人が軽口の応酬をし合うその横では、あずさが頬杖をついてため息を漏らし、独り頭を痛めていたのもまた言うまでもないことであった。
 仲裁を早々に諦めたあずさは丼をお盆に乗せて近くの木陰に避難すると、地表に出ているごつごつした太い木の根っこに腰を下ろした。
 屋台の向こうの遠くの山を見やると、屋台下の攻防を野次馬するかのように大きな入道雲が顔をのぞかせていて、周囲の町並みからは二人の喧騒に負けじと蝉たちが声を張り上げて夏を謳歌している。
「暑いわねえ……」
 あつあつのラーメンを膝に乗せるあずさは、汗一つかいていないのに辟易した様子で、誰に言うともなくつぶやいた。
 偶像町の熱い夏は、これから、始まる――。

                                         -- 終 --

                         072あずさ_偶像町_角印


- 関連風景 -
くろきつね〔NormalP作〕
 いたずら好きの《黒狐の娘》我那覇響が風を巻いて颯爽と初登場。
 町で知り合った雪歩・千早と共にひょんなことから信楽に訪れ、権兵衛と化け比べする物語。
百友夜行〔NormalP作〕
 茶屋「萩原」の娘、偶像町の昼と夜とを仕切り分ける萩原十代目家元萩原雪歩が初登場。
 権兵衛たち萩狸が暮らす《萩の原》での百鬼夜行の儀式に臨む雪歩の不安と決心を描いた物語。
冬の折、如月の頃〔百合根P作〕
 光物ではなく大衆図書を拾い読みしている神の御遣い《八咫烏》音無小鳥が初登場。
 あずさと貴音が蒼い子犬と出会い、「如月千早」というかけがえのない存在が誕生した重要な物語。
たぬきそば〔拙作〕
 そば屋台店主七篠権兵衛と、神出鬼没な影法師高木順一朗が初登場。
 あずさとの昔話と客(千早・高木・貴音)との交流を描く。貴音にはやっぱり口の悪い権兵衛。

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2010.10.05 (Tue)

【SS/百合】ツイッターでつぶやいたアレな妄想を保管庫してみた

  ('A`)  はい、この記事は早くも終了ですね!
(´∀`) まだ始まってもいねーですよ。
  ('A`)  始めるまでもないだろうが。だいたい何の意味と価値があるんだこれは。
(´∀`) 意味とか価値とか難しいことを言われましても。強いて言うなら、自家発電した妄想エネルギーを貯蔵しておく貯め池、みたいな?
  ('A`)  その腐った池で誰が得すんだ。ボウフラだって逃げるぞ。
(´∀`) はーい、アタイアタイ。アタイが得する。
  ('A`)  自家製の妄想でエネルギーチャージすんのはヤメレ。
(´∀`) いやいや、時代はエコですからね。チャージしたエネルギーで再自家発電できたら、環境にやさしいじゃないですか。妄想機関が地球を救うかもしれない。
  ('A`)  隣の俺はまったく救われていないがな。
(´∀`) 救われちゃってもいいのヨ?
  ('A`)  うるせーよバカ。
(´∀`) まあ、ものは考えようですって。一見、何の役にも立ちそうにない自家製の妄想でも、もしかしたら誰かの妄想の火にくべる薪くらいにはなるかもしれないし。
  ('A`)  ねーよ。
(´∀`) OK、ブラザー。やってみもしないで否定するのはよくねーですよ。あの安西先生もこう仰っておられます。

         ,. ‐''三ヾ´彡シ,=`丶、
     /'".:=≡ミ_≧_尨彡三:ヽ、
    //.:;:彡:f'"´‐------ ``'r=:l
    /〃彡_彡′,.=、 ̄ ̄ ,.=、 |ミ:〉
   'y=、、:f´===tr==、.___,. ==、._ゞ{
   {´yヘl'′   |   /⌒l′  |`Y}
   ゙、ゝ)       `''''ツ_  _;`ー‐'゙:::::l{  (可能性を)あきらめたら
.    ヽ.__     ,ィnmmm、   .:::|!    
  ,.ィ'´ト.´     ´`"`"`゙″ .::::;'    そこで妄想終了ですよ・・・・
イ´::ノ|::::l \         "'   :::/
::::::::::::|:::::l   ヽ、      ..::  .:::/.、
:::::: ::: |:::::ヽ    ヽ、.......::::/..:::/!\\
::::::::::: |::::::::ヽ    ``''‐--ァt''′ |!:::ヽ:::\
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  ('A`)  安西先生ェ…
(´∀`) ということで。以下、ツイッターでつぶやいたあずささん関係のSS(主に百合フレーバーな妄想)を、加筆修正してそのまま垂れ流しますのでご注意くださいませ。ちなみに、下にいくほど古いSSとなっております。



ある日のあずいおの風景
「暑いわね~伊織ちゃん」
「そうね」
「これなら人肌のほうが涼しいかも。伊織ちゃんをギュッてしたら涼しくなるかしら」
「バカ言ってると、蹴飛ばして凹ませるわよ」
「んー。伊織ちゃんはお凸ちゃんだし、私が凹めば丁度いいのかしら~」

 ギューッ!

「ぷ、プロレス技はダメよ~伊織ちゃ~ん」

ある日のあずひびの風景
「おーい、どこ行ったー! 君のを勝手に食べたのは謝る! だから帰ってこーい!」
「……またか、響?」
「あっ、プロデューサー! 一緒に探してくれ!」
「今度は何に逃げられたんだ?」
「えーっと……、あずさに」
「は?」
「あずさが幸せそうにピザトースト食べてたから、つい」
「つっこまんぞ俺は」

ある日のあずゆきの風景
「あず歩」という単語を見るにつけ、私の脳内辞書が自動的に「あずさ×雪歩」の意味で誤訳する。アイマスファン多しといえども、このような誤訳をする辞書をもつのは私のほかにはいるまいHAHAHA!          ボスケテorz
(※「あず歩」=中の人が浅倉さんの雪歩)

「もしも、私と雪歩ちゃんに子どもができたらどんな名前にしましょうか~?」
「できれば二人の名前にちなんだのとかいいですね」
「そうね~」
「あずささんと同じ平仮名三文字で“あゆみ”とか。漢字で書くと“歩”で」
「あず歩は~?」
「却下ですぅ」

ある日のあずりつの風景
 収録待機中。
 暇を持て余したあずさの視界に律子のおさげが。
「ぱくっ。もむもむ」
「……おいしいですか?」
「ええ、リンスの風味がきいていて~」
「もう、体によくありませんよ」
「ふふっ。意外と淡白な反応」
「どう反応したらいいかわからないだけですよ」
 律子の顔は赤色反応を示していた。

ある日のあずいおの風景
「こっち見んじゃないわよ!」
 夕立ちがきそうな夏空よりも先に、伊織の雷が落ちた。
「だって伊織ちゃんが……」
 怒鳴られているあずさはやや俯きながらも、反抗的な視線を返す。
 それがまた伊織の神経を逆なでした。
「だってもだっこもないわ! いいからあんたはあっち向いてなさい!」
 槍より鋭い伊織の視線。
 しかし、あずさは怯む事なく反抗する。
「嫌です」
「なんで!?」
 一瞬の間をおいてあずさは答える。
 恥ずかそうに、ぶっきらぼうに。
「だって、伊織ちゃんがうなじをペロペロするから」
「そのためにあんた髪切ったんでしょ!?」
「ひどい曲解よ」
 今日も平和なあずいおです。

ある日のあずたかの風景

 な~お、な~お。

「こんな夜更けに面妖な。猫でしょうか」
「聞いた話だと、あれは発情期に入ったメスがオスを誘ってる声なんですって。あの声を聞くとオスも発情しちゃうんだとか~」
「なるほど」
「ふふっ、ちょっぴりエッチよね」
「な~お、な~お」
「たっ、貴音ちゃん……?」
「あずさは発情しないのですか?」
「え?」
「遠慮なく発情してもよろしいのですよ。な~お、な~お」
「わ、私は猫ちゃんじゃありませんから!」
「発情なさってもわたくしは困りませんのに。あずさはいけずです」
「も、もう、貴音ちゃんったら!」
「あ。あずさがネコでないなら、タチになればよろしいのでは?」
「そういう問題でもありません!」

ぷちますことわざ1
「あずささんにみうらさん」
 意味:世界を股にかける国際迷子のあずささんにワープ能力持ちのみうらさんが具われば、もはや手の打ちようがない。転じて、悪い意味での鬼に金棒。また、匙を投げるの意味や、泣きっ面に蜂の意味でも使われる。

ぷちますことわざ2
「高槻家でたかにゃを飼う」
 意味:生計が苦しい高槻家で食欲旺盛のたかにゃを飼うのは家計の自殺行為に等しい。転じて、トドメを刺すこと、ダメ押しすること。無茶ちやがっての意味にも使われる。

ある日のあずたかの風景

 ズルズル…

「貴音ちゃん。今日もお昼、ラーメン?」

 こくっ。
 ズルズル……
 じーっ……

「髪切ったの変だったかしら~?」
「……いえ。ただ、この縮れ麺であずさの髪を伸ばせたらと」
「麺は困るけれど、貴音ちゃんみたいな綺麗なウェーブの髪ならまた伸ばしてみたいかも」
「……あずさは卑怯です」

あずささんと一緒に目的地につく方法
 あずささんから目を離さない。
 それでは不安すぎる。
 あずささんとずっと手を握る。
 それでも不安だ。
 あずささんとタクシーで移動する。
 それでも不安が残る。
「だからあずささん、俺と小指に赤い糸を結んでください!」
 これなら安心だ。
【あずささんに告白する方法】

ある日のあずりつの風景(※アイマス2のPV1を見て)
 営業から帰ってきたプロデューサー見習いのりっちゃん。
 癒しを求めて、隣席の事務員あずささんの胸を片手でもにゅもにゅ。
 あずささんも特に驚かず事務作業を続けていて、
「お疲れみたいね、律子さん」
「ええ。だから癒してください」
「私も癒されたいんですが~」
「善処します」
 そんなあずりつな風景。

ある日のあずたかの風景
 雨ガ降ル、雨ガ降ル。
 しとしとしとしと。
 貴音が窓辺で雨に煙る外の景色を眺めていると、横手でフラッシュが瞬いた。
「……断りもなく撮るのはいささか行儀が悪いかと」
 窓ガラスに映るカメコに向かって言うと、
「ふふっ。絵になっていたものだから、つい」
 窓に映ったあずさが微笑んだ。
 貴音の隣に座るあずさの手には、買ったばかりのデジカメがあった。
「何を見ていたの?」
「何も。雨の音を聞いていました」
 朝から降り続ける雨は、一向にやむ気配がない。
「雨の音を聞いてると不思議と心が落ち着くわよね。心の中まで雨が染み入ってくるのかしら」
 あずさがしみじみ言うと、
「そうかもしれません」
 貴音は相槌をうって、再び窓の外へと目をやった。
「貴音ちゃん、明日紫陽花を見に行かない?」
「紫陽花ですか?」
「紫と赤紫の花がとってもきれいなの。きっと貴音ちゃんに似合うわ」
「花を見るのは構いませんが……」
「それにね、近くに老舗の甘味処もあるのよ」
 少し考えて貴音は承諾した。「その代わり…」と条件をつけて。
「何かしら~?」
「わたくにも、でじかめの手ほどきをお願いできませんか」
「いいわよ。それくらいなら~」
「ただし、あずさをモデルに撮らせてください」
 あずさの目が点になる。
「え、ええー!?」
「わたくしは興味があるのです」
「デジカメにそんなに?」
「いえ、花より団子。でじかめよりあずさにです」
 にこりと貴音が笑った。

ある日のあずいおの風景
 伊織はあずさに語りかけた。
「あんたの名前であいうえお作文を作ってみたの。聞いてちょうだい」
 コホンと軽く咳払い。
てどなく っと貴女を がしてる」
「まあ♪ 素敵ね」
「素敵ねじゃないわよ! 今どこ!?」
 電話から困ったようなあずさの声。
「南アフリカ?」
 伊織は頭を抱えた。

石鹸少女であずちは
 お風呂好きなあずささん。
 彼女が不思議なお店で買ったのは少女の形をした等身大の生きた石鹸だった。
 石鹸少女は「千早」と名乗り、あずさの妹だと自称した(妹シリーズの石鹸だから)。
 夜な夜なあずさと千早は肌を重ね(入浴だから)、段々小さくなっていく千早。
 そして、泡と消える別れの時が……。
「あずさお姉さん……。悲しいけど、私、石鹸なんです……くっ……」
 と言い残し、バスルームに泡となって消えてゆく可愛い妹、千早。
 あずさはきっと忘れることはないだろう。
 千早と肌を重ね合わせた(石鹸だから)あの時の香りと、温もりと、ツルツル感を。

ある日のあずやよの風景
 吉野家へお昼を食べに来たあずささんとやよい。
「今日は私がごちそうするから、遠慮なく食べてね」
「はいっ! えっと~どれに……、あれ?」
「どうしたの、やよいちゃん?」
「この紅しょうが、勝手に食べてもいいんですか?」
「ええ、タダだから好きなだけ食べていいのよ~」
 3分後。
 やよいの牛丼の上には赤い山が。
「しょうが祭りです!」
「お肉が見えないわね~」

ある日のあずまこの風景
「あのう、真ちゃん?」
「なんですか?」
「少しだけ重たいかな~なんて」
 そう言って、真の顔を見上げる。
 真は、ソファーに仰向けになっているあずさのお腹に馬乗りしていた。
「降りてもらえないかしら~?」
「ダメです。油断するとすぐどっかに行っちゃいますから、重石代わりです」
「あらあら」

ある日のACMの風景
※杏仁豆腐先生の画集のあずささんの左手が千早のお尻をなでなでしてるように見える件
(千早ちゃんのお尻、すらっとしてて触り心地が……うふふっ♪)
(ねえ千早、そこどいてよ。ボクがなでなでしてもらうんだから!)
(ダメよ。リハーサルでも私がここだったんだし、あずささんの隣は私の席なんだから!)

ある日のあずたかの風景
「あずさ、わたくしも散歩に同行してもよろしいですか?」
「いいわよ~。近くを歩くだけだけど、それでもいいかしら?」
「ええ、構いません。あずさの散歩はいつも全国規模になると伺っています。さあ、私を全国のラーメン屋へと導いてください」
「貴音ちゃん、私だって時には怒るのよ?」

ある日のあずまこの風景
 テレビ番組収録中のこと。
「三浦あずさと~」
「菊地真の!」
「「1時間クッキング~!」」
「わ~パチパチ~♪ 頑張りましょうね、真ちゃん」
「あのーあずささん?」
「なあに、真ちゃん?」
「料理番組なのに1時間って長すぎませんか?」
「番組のディレクターさんにはあずささんじゃ1時間でも短いって言われたのだけれど~」
「たしかに。うんうん」
「もうっ、真ちゃんまでひどいわ。そんなに力強く頷かなくても~」

こんなアイドルは違和感
・リズムゲーでフルコンボを決めて最高得点を次々に更新していくあずささん。
・もやしを料理するとき、もやしのヒゲを取って捨ててしまうやよい。
・外食するとき必ず割り勘を要求する伊織。しかも一円単位できっちり。
・友達とカラオケに行くと聞き専の春香。「タンバリンはまかせてー!」

ある日のあずことの風景
 夜、人がはけた事務所にて。
 残業の合間の息抜きでお茶をしている小鳥さんとあずささん。
 なぜか話題がそれて、二人でシリトリをすることになった。
「ファン感謝祭」
「一次審査」
「桜井夢子」
「こ…ですか~」
 少し考えてからあずささんが微笑する。
「小鳥さん、大好き♪」
 瞬間、小鳥さんが真っ赤になって頭から蒸気を発した。
 人がいないことを確認する小鳥さん。
 ドギマギしながら上目づかいでシリトリを続けた。
「……き、キスを、してください、あずささん」
「んふふ、小鳥さんの負けですね~」
 目をぎゅっとつぶる小鳥さんのおでこにやわらかな唇が優しく触れた。
 そんなあずこと残業報告。

ある日のあずまこの風景
 善永さんの取材中。
 得意なことや最近好きなことを聞かれたあずさんと真。
「迷子になったあずささんを見つけるのが、ボク得意です」
 と、うっかり答えかけて、真は慌てて口をつぐむ。
 一方のあずささんはというと、
「迷子になった先で真ちゃんが好きそうなものを買うのが好きです」
 と、ニコニコ答えてしまう。
 そんなあずまこな風景。

トンだMythmaker(ある日のあずまこの風景)
 PVのミーティングでまた王子様を配役されて凹む真。
 たまには真ちゃんにも……ということで、王子様役を志願したあずささん。
 やるなら徹底的にと自己暗示も施してPV撮影に臨む。
 本番中、あずさ王子がハンサム顔で真姫に超接近。
 あまりの顔の近さにパニックに陥った真姫からビンタをくらうあずさ王子。
 そんなあずまこ伝説。

トンだMythmaker(ある日のあずまこの風景)
 真姫にビンタされたあずさ王子。
 そのほっぺには手のあとがくっきり。
 撮影は一時中断。
 いつものあずささんの笑顔にも、微量のお怒りの色が浮かんでいる。
 機嫌を直してと真姫がほっぺにキスをすると王子様の不機嫌もたちまち氷解。
 その様子を一部始終収めたメイキング映像付きDVDが異例の大ヒット!
 そんなあずまこ伝説。

トンだMythmaker(ある日のあずさの風景)
 よく当たると評判のあずささんの占い。
 朝のニュース番組のコーナーで、アイドル占いを生でやることになった。
 ある時、アホ毛の立ち具合で夕方から天気が崩れると予想し、華麗に的中。
 その後も占いのおまけで天気予報をしてみたところ、次々的中させてしまう。
 そして、見事にお天気占いのお姉さんポジをゲット。
 そんなあずさ伝説。

トンだMythmaker(ある日のあずさの風景)
 地方ロケの休憩中。
 あずささんのあほ毛の先にオニヤンマが止まる。
 それを見つけた真美がオニヤンマにくるくるを開始。
 すると、オニヤンマよりも先にあずささんが目を回してダウンしてしまう。
 そんなあずさ伝説。

トンだMythmaker(ある日のあずさの風景)
 生の歌番組でMythmakerをソロで歌うことになったあずささん。
 打ち合わせではショート版を歌うことになっていたが、実はドッキリ番組だった。
 あずささんには内緒で、曲はフル版を流す手筈になっていた。
 ところが、あずささんはそれに気づかず、普通にフル版を歌い踊りきってしまう。
 そんなあずさ伝説。

トンだMythmaker(ある日のあずさの風景)
 アメリカ横断クイズに出演中。
 ユニットパートナーやPが目を離した隙に迷子になってしまうあずささん。
 周囲を探すパートナーの携帯にあずささんから着信。
「ちょっとテレビを見てもらえますか~」
 テレビにはホワイトハウスで大統領と談笑してるあずささんの姿が。
 そんなあずさ伝説。

トンだMythmaker(ある日のあず○○の風景)
 ランクAデュオユニットのあずささん。
 善永さんの取材中、マンションで暮らしているというお話に。
 その時、ついポロッとパートナーの子と事実婚して同棲してることを爆弾発言。
 動揺するパートナーやPを尻目に、善永さんは応援してますから!と良い顔で退出。
 そんなあず○○伝説。

ある日のあずちはの風景
「うぅ~、苦い……」
 ブレンドのブラックに口をつけ、あずさが眉をひそめる。
 対面席の千早が首を傾げた。
「このお店のコーヒー、そんなに苦いんですか?」
 そう言って、あずさのカップに手を伸ばす。
「ん。私は美味しいと思いますが」
「千早ちゃんは大人ね~」
「あずささんの舌が子どもなのでは? 辛いのも苦手でしたよね」
「千早ちゃんは毒舌ね~」
「あずささんこそ」
 くすっと笑う二人。
 千早がカップに口をつけたとこに口づけして、あずさはもう一度コーヒーを飲んでみる。
「不思議。少し甘くなったみたい」
「気のせいですよ」
 千早の顔が少し赤いのもきっと気のせいだよね。

究極のあずやよ選択
 あずささんを呼ぼうとしてつい間違えて「お母さん」と呼んでしまったやよい。
 赤面してごめんなさいするやよいに、あらあらと微笑むあずささん。
 その後、あずささんがとった行動とは……?
A.やよいに微笑みかけるあずささん。
  おもむろにやよいを小脇にかかえてリズミカルにお尻をペンペン。
  恥ずかしいやら気持ちいいやらで泣き笑いのやよいルート。
B.やよいに微笑みながらやよいの頭をやさしくなでなでするあずささん。
  照れ笑いするやよいをもっと赤くさせたくなって頬ずりまで開始。
  やよいも負けじとほっぺにキスをして逆に赤面してしまうあずささんルート。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ1
 ガチで迷子になったあずささんを捜すところから活動開始。
 捜索場所を選ぶ三択がどれも日本国内じゃない。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ2
 三択に失敗すると、翌週も営業で選べるのはあずささんの捜索だけ。
 一度もあずささんに会えず、ユニット名を決めることなくプロデュースが終了するEDも存在。
 初めてあずささんをプロデュースするPが必ず一度は経験するという鬼畜仕様。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ3
 ランクアップコミュであずささんの部屋にまで呼ばれる。
 なのに、部屋に上がると男性芸能人がいて、「運命の人を見つけました~」と、いきなりあずささんからフィアンセだと紹介される。
 しかも、「プロデューサーさんは応援してくれますよね?」と言われる。
 そのまま泣く泣く強制的に寿引退エンド。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ4
 トリオユニットの娘たちが、こそこそとこっちを見ながら内緒話している。
 しかも頻繁に。
 会話の雰囲気からして、色恋的なあれではない。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ5
 活動初週で765プロが倒産。
 アイドルをプロデュースするはずが会社をプロデュースすることに(民事再生的な意味で)。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ6
社長「我社のアイドルはこの娘たちだ」
     ↓
 (あずささんを選択)
     ↓
社長「ふむ、三浦君を選んだか。ちょっと待っていてくれたまえ」
     ↓
 (数分間、待機)
     ↓
社長「すまない。君では嫌だそうだ。別の娘を選んでくれたまえ」

 アイドルにもプロデューサーを選ぶ権利がある。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ7
 高木社長の前を通りかかっても社長がティンと来てくれない。

こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ8
 迷子になったあずささんがロリあずささんになって帰ってきた。
 誰もそれを疑問に思わず、社長からプロデュースの続行を命じられる。
 俺のライフポイントが足りない。

ある日のあずさPと響Pの風景
 響を765プロでプロデュース可能であると仮定して。
 響担当のPとあずささん担当のPは、きっと捜し物が上手であるに違いない。
 ペット捜しと迷子捜しの意味で。
 そして、いつも互いに情報交換していて、仕事終わりには飲み屋でお互いの健闘を讃え、管を巻いているに違いない。

 響PがあずさPに携帯をかける。
「もしもし、またうちの響が、ペットたちに逃げられてしまったんだが」
「ああ、またか。ご苦労さ ((パオーン))」
「って、お前どこにいんの? 何かパオーンって鳴かなかったか?」
「象だよ象。今アフリカに来ててさ。ここら辺にあずささんがいるはずなんだが……」
「そっちもお疲れさんだな」
「あ」
「どうした?」
「響のお土産に良さそうなシマウマ発見」
「やめれwwwww」

ある日のあずたかやよの風景
 貴音の要望でお好み焼き屋にやって来たあずささんとやよいと貴音の三人。
 張り切りすぎてお好み焼き奉行になってしまうやよい。
 始めてのお好み焼きに面妖なとつぶやきつつも興味津々顔の貴音。
 フーフーしてやよいにアーンをし、恥ずかしがる貴音にもアーンをするあずささん。
 平凡だけど幸せな一日に、ラムネで乾杯。

ある日のあずいおひびの風景
 気分転換に前髪を下ろしているぱっつんいおりん。
 その背後にそっと影が忍び寄り、伊織の前髪をあげておでこを露出させた。
「だ~れだ♪」
「あずさでしょう……こんなことをするのは~!」
「正解よ、伊織ちゃん♪」

 イラッ☆

「このバカあずさー!」
 報復としてあずさの胸を往復ビンタする伊織だったが、
「やん♪やん♪」
「なんであんたは嬉しそうなのよ!?」
 かえって喜んでいるあずさに伊織はぐったりした。
 それを見ていた響。
 おちゃめ心で伊織の背後に回りこむと、
「だ~れだ♪」
 あずさと同じイタズラをしかけた。
 が。
「おふっ!?」
 響の胸に炸裂したのは伊織のビンタではなく鉄拳だった。
「ひっ、ひどいぞっ伊織! なんで自分だけ!?」
「うるさーい! バカバカ響!」
「くそー。いいもん、自分はあずさに慰めてもらうから!」
「今度は何する気よ?」
「うわ、やっぱりあずさのはでっかいなー。パイナップルみたいだぞ」

 むぎゅむぎゅ

「ちょっ、どこ揉んでるのよ響!?」
「あらあら~♪」
「あずさも喜んでんじゃないわよ! この変態大人!」
 


  ('A`)  これはひどい。
(´∀`) 思ってた以上にツイッターでSSやってたのね~。
  ('A`)  つーか、今の時期的に「こんな(あずささんの)プロデュースは嫌だ3」の内容はかなりギリギリなんじゃないか。961三連星的な意味で。
(´∀`) それはガチで思った。バンナムめ、やってくれる!
  ('A`)  バンナムのせいにすんな。
(´∀`) いやー、それにしても自分の趣味趣向を晒すのは結構恥ずかしいね。
  ('A`)  俺はお前の存在自体が恥ずかしいがな。
(´∀`) あひん。

タグ : アイマス あずさ SS 百合

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2010.10.03 (Sun)

【SS】偶像町幻想百景-「屋台そば屋店主」補足設定

そば屋の設定
・店名は「信楽(しがらき)」。狸の焼き物で有名な信楽焼きから適当に名づけた。
・店の名前は一応あるが、看板を出していないため周知されず、誰もその名では呼ばない。名づけた本人もほとんど忘れている有り様。そばの屋台は信楽しかないので、偶像町では「屋台のそば屋」で話が通じる。
・店主時の仮の名前は「七篠権兵衛」。名前の由来はやはり適当に名無しの権兵衛から。
・屋台の軒先には高木からもらった風鈴が吊るされている。
・そば屋を開いたのは半世紀前。手打ちそばを外の人間社会で習った。
・何かと銭銭いうわりには、商売というより道楽でやっている節がある。
・営業時間はだいたい昼の3時から夜明けまで。時間帯と曜日に応じて出店場所を変えている。夜更けまでは人間の客が主で、深夜以降は人外の客が主。
・昼間あまり出歩けないあずさのために、月に何度か、四条の神社まで特別出張している。

そば屋の権兵衛の設定
・人間の男に化け、人間のフリをしてそばの屋台を営んでいる。
・変化と演技が達者なので人外相手でもそう簡単には看破されない。もっとも、深夜は人外の時間帯なので、余計な面倒事にならぬようにわざと妖気を隠さず、妖であることが一目でわかるようにしている。
・あずさと貴音は権兵衛の正体を知っている。深夜には来ないので多分千早は知らない。
・現在の「七篠権兵衛」は二代目。
・何年たっても外貌が変わらないと人間には気味が悪かろうと、三年前、初代権兵衛を病で死んだことにして、その息子が二代目権兵衛として店を継いだという設定で屋台をやっている。
・初代権兵衛の活動期間はおよそ五十年。最後の姿は鰹節のような老人だった。
・二代目権兵衛はまだ三十路前の青年。姿は青年だが、中の狸が百年以上生きているので自分をオヤジ扱いしている。
・商売柄、偶像町の人間や妖のことをよく見聞きしている。そのため、町の《昼》と《夜》、どちらの事情にも明るい。

古狸としての設定
・本名を隠し、狸社会や妖の世界でも仮の名を名乗って暮らしている。本名を秘密にしているのは、本名を知られて命を握られる恐ろしさを、過去に痛感したため。
・本名を知っているあずさも本名では呼ばない。そば屋の時は「権さん」、二人だけの時は子狸の頃のあだ名である「ぽん太郎ちゃん」。
・狸の妖になりたての頃(百年以上前)、スイーツ(笑)な理由で偶像町を出て、外の人間社会に飛び込んだ。そこでとある異能持ちの人間と出会い、長い間ろくでもないことに散々つきあわされる羽目になった(本人談)。他人に語りたくない黒歴史とのこと。
・およそ五十年前、上記の人間が亡くなったので偶像町に戻ってきた。あずさと再会。長老狸たちからは「なぜ帰ってきた」と手荒な歓迎を受ける。
・その後、趣味と実益も兼ね、人間社会で習った手打ちそばの屋台を偶像町ではじめる。
・様々な妖術を使えるが、特に変化術が得意。
・一番得意とするのが人間の変化。老若男女問わず、色んな人間になりきれる。屋台のそば屋は間近で人間観察ができるのでうってつけだと思っている。
・人間は好きだが、異能持ちの人間はあまり好きではない。とりわけ、妖を殺める類いの異能をもつ人間には幾分冷やか。貴音に対して時にぞんざいな態度を取るのもそれが理由。
・同類の妖たちには好意的。千早や美希のような四つ足の獣の化生には特に親近感を抱いている。
・あずさは姉のような、月のような存在。姐(ねえ)さんと呼び、心服している。
・できることなら一秒でも長く、あずさよりも長生きしたいと、密かに願っている。
・高木の正体にうすうす気づいているが、深く関わっちゃいけない類いの者だと判断、努めてそれに触れないようにしている。高木もそのことに気がついているが、やはり気づかないフリをしている。
・店を開かない日は、狸岩を相手に月見をしながら一晩中酒を飲んでいる。
・甘味処に甘いものを食べに行く時、外聞を気にしてわざわざ女の子に化ける程度の小者。

偶像町幻想百景 まとめ


タグ : ニコマス SS

01:01  |  SS  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.10.01 (Fri)

【SS】偶像町幻想百景「たぬきそば」

 妄想のおもむくまま、百合根Pの「偶像町幻想百景」を舞台にSSを書いてみました。
 偶像町幻想百景ってなんぞや?
 そう疑問に思われた方は、ぜひぜひ下記の素敵な作品群をご覧くださいませ。
 蜃気楼の先にありそうな幻想的でノスタルジックな、ゆったりとした町の空気が魅力です。

(´∀`) あと、あずたかとあずちはもね!
  ('A`)  お前は黙れい。

【NovelsM@ster】偶像町幻想百景(前)
[百合根P/ノベマス/あずさ主演]



【NovelsM@ster】偶像町幻想百景(後)



偶像町幻想百景 まとめ

◎紹介記事1:アイドル妖姫譚(NP氏の本棚)
◎紹介記事2:二次創作の『連鎖』。(君のハートにクー・デ・グラ!)
◎紹介記事3:偶像町の歩き方(NP氏の本棚)


 072あずさ_偶像町_たぬきそば


   -― 偶像町幻想百景 ―-
                「 た ぬ き そ ば 」


 一.赤い月

 月が、赤かった。
 風はなく、月に光を吸い取られているのか、星の光も弱い。
 夏の宵のことである。
 赤い月が妖しく照らす空の下、地面を駆ける小さな影があった。
 未熟な四肢をそれでも全力で動かし、転がるようにひた走る。
 一匹の、子狸であった。
 昼間、灼熱の太陽にあぶられた大気は夜になってもいまだ冷めず、むせ返る土の匂いと混じり合った草の匂いが、肺につまりそうなほど濃く充満している。
 子狸は、自分の背丈以上もある草をかき分け、原っぱを一目散に駆ける。
 急いではいるけれど、何かに追われているわけではない。
 内から込み上げてくる何か。
 心を突き動かす何か。
 それらが、月に向かって、子狸の足を走らせているのだ。
 どこまで行けば――
 どこまで走れば――
 はるか頭上に煌々と輝く、真っ赤なあれに手が届くのか。
 冒険心と好奇心とが月へと誘い、無知と純真とが子狸を走らせ続けていた。
 走り続けているとやがて原っぱが途切れ、萩が密生する丘のふもとに出た。
 息を切らせながらも、急な斜面の丘を一気に駆けあがる。
 丘の上には大きな岩があった。
 周囲にはこれの他に目立った岩はなく、不自然にぽつんと、そびえ立っている。
 天から降ってきたのか、はたまた巨人が放り投げたのか。
 これに比べれば子狸は芋や豆粒にもならない。
 町の人間たちは、狸の形をしたこの岩を《狸岩》と呼んでいる。
 もちろん、そんなことは、物知らずな子狸の知るところではない。
 丘の上に着くと、駆け足を止めて荒く息をした。
 丘は月の光に照らされて、夜だというのに妙に明るい。
 狸岩もいぶかしげに天を睨んでいる。
 子狸は狸岩のそばに手頃な石を見つけて、そこに腰をおろした。
 もしも、狸岩が口を聞けたならば「こんな夜更けにチビが一人で何をしにきた?」と、威厳をもって問いただしただろう。
 だが、子狸は気にしない。
 隣にどっしりたたずんでいる狸岩の存在すら、まったく意に介していない。
 石の上から見下ろすと、先ほど走り抜けてきた原っぱが一面に広がっている。
 静かであった。
 物音ひとつしない。
 虫の鳴き声も、鳥や獣の声もない。
 かすかな風も吹かず、草木のおしゃべりも聞こえない。
 美しい。
 されども禍々しく、恐ろしい。
 赤い月の前に、すべてが息を潜め、沈黙していた。
 丘で月を見上げるのは、子狸と狸岩だけであった。
 幼い瞳にうつる赤い月。
 せまい行動範囲のなかで子狸が知る限り、この丘よりも高い場所はない。
 しかし、月はまだ遠いところにあった。
 手で触れるどころか、近づくこともできない。
 丘よりももっと高い場所。もっと空に近い場所。そこからなら届くかもしれない。
 心当たりは一つもない。
 それでも走り出さずにはいられなかった。
 石から飛び降りると、目的地も方向も定めずに、勘にまかせて走り出そうとした。
 その時である。
 赤い月が、刹那、強く輝いた――ように子狸は、感じた。

 ざわり。

 毛が逆立つ。
 野性の本能が、物知らぬ子狸にも備わっていた。
 急いで狸岩の陰に隠れ、牙の間から威嚇の唸り声を漏らし、辺りに警戒を放つ。
 視界の隅。
 萩の森と丘の境。
 月が降らせる光と森が生み落とす影の境。
 異変は起こった。
 唐突に、されど緩やかに。
 境界上にある草の茂みが、風もないのに、さわさわとおしゃべりを始めた。
 耳につく物静かなおしゃべり。
 まるで声を潜めて、何者かの来訪をひそひそ噂しているかのような……
 子狸があっけに取られていると、それはすぐに騒がしくなり、その一帯の草だけが激しく揺れはじめた。
 何かが、来る。
 普通ではない、何か。
 子狸にも、それだけはわかる。
「!?」
 ざわつき踊っていた草が突如、螺旋を描いて一斉にひれ伏した。
 草が平伏するのと同時に、螺旋の中心の空間が揺らめき、地面から沸き出でるようにして何かが現れた。

 ひらり。

 ひらり。

 それは木の葉のように舞い、煙のように立ち昇る。
 黒と瑠璃の色をした、軽やかな、一対の薄い羽。
 儚げなアゲハ蝶であった。
 
 ふわり。
 
 ふわり。

 横倒しにされた草の上を、蝶が、緩やかに舞う。
 子狸は、きょとんとした顔つきで、それを岩の陰から見つめていた。
 本能が発した警戒は、すでに解かれている。
 何が起こったのか、それはよくわからない。
 けれど、面白そうなものが目の前に出てきたのはわかる。
 獣とはいえ子どもである。子どもは無邪気な好奇心の塊だ。
(エモノ!)
 そう判断した子狸は、勢いをつけて岩陰から飛び出した。
 一直線に、蝶に襲いかかる。
 小さな牙をむき出しにして、月光に輝く蝶の羽に、がぶりと噛みついた。
(やった!)
 獲物をしとめたという達成感が、一瞬にして子狸の心を満たした。
 が――
 おかしなことに、しとめたはずの蝶は、なおも平然と、宙を舞っている。
 蝶に噛みついている子狸は蝶に引きずられて空中に浮いている。
 宙ぶらりん。
 いくら後ろ足をじたばたさせてみても宙をかき回すだけで地面にかすりもしない。
 それどころか、引っぱろうとすればするほど、見かけによらぬ強い力で、蝶に上へと引っぱられてしまう。
 あたかも蝶を餌に釣り上げられた魚のようであった。
 蝶を口から放せばよいのだが、獲物のことで頭がいっぱいで、そこまで知恵が回らない。
 噛みつきながら唸り声をあげ、羽を噛みちぎらんと、さらに顎に力を入れる。
 それでも蝶は地に落ちない。
 子狸は蝶に釣られたままである。ますます興奮していきりたった。
「あらあら~」
 不意に、蝶が鳴いた。
 ぎょっとして、子狸は反射的に口から蝶を放した。
 逃げるように慌てて蝶から離れる。
 蝶を見ると、目を離した一瞬のすきに、蝶は蝶でなくなっていた。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
 子狸は目を疑った。
 蝶がいたはずの空間には、正体不明の、蝶よりも大きなモノがいた。
(なんだろ、コレ?)
 大人の狸であれば、それが“人間”という生き物であると判断できただろう。
 けれど、子狸が人間を見るのはこれが生まれて初めてだった。
 だから、目の前の存在を、“人間”として定義できない。
 ましてやそれが人間の女であると知ることは、到底不可能であった。
 もっとも、子狸がそれを知っていたとしても、その女を“人間”と呼んだら、彼女はおかしそうに微笑を浮かべたかもしれないが……。
 子狸にもわかるのは、目の前のそれが、初めて見る何かであるということ。
 どうやら生き物らしい。
 危険かどうかはわからない。仲間の狸ではない、未知の生き物。
 警戒心と好奇心をごちゃ混ぜにしながら、子狸はそれを睨みつけた。
 そして、そこに、あるものを見つけた。
 二つの赤い光。
 夜空の月と同じように赤く輝き、月の光よりも妖しい魔を秘めた瞳。
 小さな二つの赤い月が、涼しげに子狸を見つめ返していた。
 子狸の緊張を察したのだろう。
「うふふ。今夜の月はとても不思議ですね。眺めていると、胸がざわめいてしまう」
 つと子狸から視線を外すと、女は月を見上げた。
 雲一つなく、月は冴え冴えとしている。
 子狸は迷った。
 女にならって空の月を見上げるべきか、それとも地にある二つの月から目を離さぬべきか。
 空の月と地の月はお互いを見つめ合っている。
 数瞬考えて、空の月を見ることにした。
 一人と一匹。
 赤い月に誘われた者同士、しばらくの間、ただただ月を眺めていた。
「タヌキさん。お隣、失礼してもいいですか?」
 柔らかな声音で、まるで明日の天気を尋ねるかのように月を眺めながら女が言った。
 子狸は、女の白い横顔を見つめる。
 それに気がついて、女もにこりと微笑む。
 子狸とて、一緒に月を見上げた仲とはいえ、警戒を完全に解くほど愚かではない。
 けれど――
 天に浮かぶ赤い月と二つの赤い月を持つこの女。
 妖しく、恐ろしく、美しい。
 しかし、子どもの瞳にうつる赤い月たちは、なぜか強そうには見えなかった。
 どこか似ていると、子狸は思う。
(ひとりぼっちで、さみしそう)
 そう思った。
 子狸に微笑みかける優しい笑顔も、蝶よりも儚く、弱そうに見えた。
(よくわかんないけど、だいじょうぶ)
 子狸は、女に頷いてみせた。
 ぱっと女の顔が華やいだ。
「ありがとうございます。失礼しますね~」
 嬉しそうに笑い、女はゆったりとした動作で、子狸の隣に腰をおろす。
 その時、黒と瑠璃のアゲハ蝶が、ひらりと舞った。
 よく見ると、女が身につけているひらひらしたものに蝶がぴったりくっついている。
 蝶は、着物の左袖に染められた模様であった。
 右袖にも同じ蝶がもう一匹染められている。
 ひらひらにくっついているこのアゲハ蝶。
 どうやら自分の知っているそれとは違うらしい。
 蝶の羽には、ところどころ、小さな穴がいくつも開いていた。
 子狸が首を傾げて袖を見つめていると、
「めっ、ですよ」
 いたずらっぽく女が笑った。
「いきなり女性の着物の袖に噛みついてはいけませんよ。さっきは私も驚いてしまいました~」
 キモノ?
 ソデ?
 知らない言葉だった。
 ただ、これに噛みついてはいけないとたしなめられているのは、なんとなく理解できた。
 疑問は尽きないけれど、とりあえず頷くことにした。
「ふふっ、お利口さんですね~。……あ、そうだ」
 女がぽんと手を叩く。
 手にしていた巾着の口を開いて、そこから小包を取り出した。
 ちょうど両手に収まる程度の大きさで、竹の皮に包まれている。
 包みを結ぶ紐を解くと、拳大の白い塊が三つ、横一列に並べられていた。
「私が作ったおにぎりです。よかったら、お一ついかがですか?」
 女が差し出すそれをまじまじと見つめる。
(おにぎり?)
 おそるおそる鼻を近づけて嗅いでみると、おいしそうな匂いがした。
(たべもの?)
 もう一度女の顔を見ると、女は柔らかに微笑んだ。
(たべものだ)
 お腹の虫が鳴いた。
 物を知らぬ子狸は、遠慮も知らなかった。
 三つあったおにぎりは一つ消え、二つ消え、あっという間に三つ消えた。
 子狸ががつがつ食べている間、女は何も言わず、嬉しそうにそれを見ていた。

 ――それが、一人と一匹の、縁の始まりであった。

 二.そばにある縁

 袖振り合うも多生の縁。
 そんな言葉がある。
 「道で人と袖を触れ合うようなちょっとしたことでも、前世からの因縁によるものであるから、人との縁を大切にしなさい」という意味の仏教的な言葉だ。
 この言葉に従えば、すれ違いざまに袖がちょいと触れ合う、言葉を交わすどころか目を合わせることもなく、ただ往来でほんの一瞬接近したという関係があるだけで、それを何がしか因縁に基づく「縁」と呼んでもよいことになる。
 ならば、年がら年中、自らの手でうったそばをお客にふるまい、時には他愛のない雑談もして、お客から少々の銭をいただくのは、俺が思っている以上に大層な縁であるに違いない。
 そばを食い、食わせるのも多生の縁。
 そう名づけてみようかなどと考えていると、
「ごちそうさん。また来るよ」
 いつもの短い挨拶を交わして、常連のお客が席を立った。
 屋台が作り出すわずかな影から出る時、ぴたっとお客の足が止まる。
 辟易した顔で、空を眺める。
 非の打ちどころのない底抜けに明るい青空。
 そこには意気軒昂なお天道様が我が物顔で鎮座していた。
 山あいに潜むこの町くらい目こぼしをしてくれてもよさそうなものなのだが、そこら辺、お天道様はちゃあんと公平だ。今日も今日とて、まったく見逃すことなく、偶像町を夏色にゆであげている。
 炎天であった。
 お客の足がためらうのも仕方ない。
 ため息を一つつくと、覚悟を決めた顔つきで、お客は影の外に足を踏み出した。
「途中で氷みてえに溶けちまわなきゃいいが……」
 ちびちびと小さくなってゆくその背中を見送りながら、俺は独り言をつぶやいた。
 それからしばらくの間、客足がさっぱり途絶えた。
 商売あがったりである。
 しかし、それもまた仕方のないことだ。
 こんな真夏日に、わざわざそばを食いに外に出るのは、よっぽどの酔狂かそば好きだろう。
 俺がお客の立場だったら、家でごろごろしているのが賢明だと判断する。
(今日はもう店じまいして、井戸で冷やしたスイカでも食おうか)
 うちわで扇ぎながらそんなことをぼんやり考える。
 陽射しは屋台の陰で避けられても、熱気からは逃れようもない。
 このような過酷な環境のなか、来るかどうかも知れないお客をじっと待つのはなかなかの苦行だ。それなりの精神力と諦めの悪さがいる。
 もうそろそろ日が傾きはじめる。
 気の早いひぐらしたちもあちらこちらで鳴き始めた。
 それまでぱったり止んでいた風も、一日の帳尻合わせのつもりか、緩やかではあったが、時折吹くようになっている。
 涼やかな風は、お客の足も運んできた。
 見知った顔の常連客だ。
「らっしゃい」
 少女は俺の顔を見るや、
「たぬきをひとつ!」
 仇に泥玉をぶつけるかの如く、荒々しく注文を投げて寄越した。
 なるほど。
 どうやらお客の機嫌は悪いらしい。

 三.荒ぶる犬娘

「ひとりか?」
「おひとり様にはそばは出せませんか?」
 何気なく口にした言葉にいきなり噛みつかれた。
 前言訂正。
 お客の機嫌は、最悪のようだ。
「おひとり様だって構わんよ。おひとり様だろうが団体様だろうが、銭をくれるお客様は神様さ。そばがあれば、ちゃんとおもてなしするとも」
「だったら、たぬきをください。もちろん、冷やしで」
 冷やしの部分をやけに強調してくださる。
「あいよ。たぬきの冷やしね」
 お前はこんなクソ暑い日に、熱いたぬきを出すような気の利かないそば屋がいるとでも思っているのか――そう聞き返してやりたいのは山々であったが、聞けば迷うことなく俺を指差しそうで、また噛みつかれても噛まれ損であるから、黙ってお客様の注文を従うことにした。
 しょうがないのだ。
 俺は、偶像町の隅でそばの屋台をころがす、何の変哲もないつまらないオヤジなのだから。
 客を選べないこんな商売を長くやっていると、いわば必然ではあるが、多種多様な色んなお客に出くわす。
 老若男女。
 貧富貴賎。
 おまけに、人妖神魔。
 へべれけの酔っ払いがハシゴのついでに来ることもあれば、屋台のそば屋には一見似つかわしくない連中が小腹を満たすためにぶらりとやって来ることもある。
 他の屋台はどうだか知らないが、うちに来るお客は常連になってくれる者が多い。確率としては半々といったところか。
 ちょうど今、苦虫を噛み千切ったような顔で頬杖をついてそばを待っている少女も、そうした常連の一人で、どちらかといえば屋台のそば屋にいるのが不思議な類いのお客だ。
 幼さが残る整った顔立ちに、まっすぐな長い髪、そして線の細い華奢な体つき。
 頭にかぶった大きめの帽子が、少女らしさを引き立てていて、なんとも可愛らしい。
 どことなく犬っころみたいな印象を受ける少女である。
 名前を、千早という。
 心のなかでは「犬の嬢ちゃん」と勝手に呼んでいる。
 口に出してそう呼べば、キャンキャン吠えかかってくるかもしれないが。
 店の主人である俺が言うのもなんだが、こんな美少女と言ってもいい娘が、どうしてうちみたいなみすぼらしい屋台のそば屋に好き好んでやって来るのか、いまだに理解できない。
 甘味処とか洋菓子屋とか、年頃の娘にふさわしい場所もあるだろうに。
(それだけうちのそばが美味いってことかね)
 とりあえず、そういう適当な理由をでっちあげて自分を納得させている。
「今日も朝から暑いな」
「夏ですから」
 無視されるかと思いきや、素っ気ない返事があった。
 どうやら口をきくのも煩わしいほどに不機嫌というわけでもないらしい。
「嬢ちゃん、あずさの姐さんと四条の姫さんは元気にしてるか?」
 そばの用意をしながら嬢ちゃんの家族について話を向けてみる。
 すると、ぶっすーとした表情はそのままで、
「あずささんはお元気です。あの人は相変わらずです」
 期待通りの、つっけんどんな答えが返ってきた。
「そうか」
「あなたも相変わらず暇そうでいいですね」
「嬢ちゃんもな。てっきり犬みてえに舌出してへばってるかと思ったが」
「くっ…!」
 冗談のつもりで言ったのだが、図星だったようだ。
 悔しそうな色が顔からにじみ出ている。
 嬢ちゃんは気がついていないようだが、先ほどの「そうか」という俺の相槌には、二つの意味があった。
 二人の現況を確認したという意味での「そうか」と、嬢ちゃんが不機嫌である原因の見当がついたという意味での「そうか」である。
 嬢ちゃんが不機嫌なのは、四条の姫さんと喧嘩したからだ。
 常連のお客のなかには、うちに足を運ぶタイミングやきっかけが決まっているお客がいる。
 この嬢ちゃんの場合、一人でうちに来るのは四条の姫さんと喧嘩したときと決まっていた。
 そうでなければ一人で来るはずがない。
 嬢ちゃんの隣には、いつだって必ず、あずさの姐さんか四条の姫さんがいる。
 うちに来るときもいつもは二人か三人で連れだって食べに来る。
 そんな嬢ちゃんがたった一人。
 ということは、他の二人と一緒にいるのが気まずいか、それとも二人に聞かれたくない話があるということだ。
 そして、それはどういうときかといえば、四条の姫さんと喧嘩したときだ。
 そういう傍迷惑なきっかけでうちに来るのだから、
「あの食欲魔人ったら、本当に意地汚いったらないんだから!」
 当然、四条の姫さんに対する不満を吐き出しながら俺のそばを食うことになる。
 ちんまりした少女がそばを食いながら不貞腐れる姿は、そうそう見られるものではない。
 だが、そばを出す身としては、食うか愚痴るか、どっちかにしてもらいたい。
「まったく! あれで神社の主だなんて聞いてあきれるわ」
 いい音を立てて最後の一口をすすり、そば湯を足してつゆを飲み干す。
「お腹をすかせた野良犬だって、あの人よりもずっと行儀よく食卓のルールを守るわよ。本当にどうしようもないんだから。おかわり!」
「あいよ」
 おかわりを見越して準備しておいたそばを出すと、すぐにそれをすすり始める。
 この嬢ちゃん、見かけによらず、渋い食い方をする。
 そばってのは、せいろに盛られた麺をつゆにつけて食べる、たったそれだけのシンプルな料理だが、実はその食べ方は様々で、食べる人間の個性やら性格やらが垣間見えたりする。
 俺が今まで見てきたなかでも、これほどギャップのある食べ方をするお客はいなかった。
 何事にも己の筋を一本通さないと気がすまないきっちりとした性格で、やや偏屈気味。
 良くいえば生真面目、悪くいえば融通が利かない。
 あずさの姐さんに連れられて初めてうちに来た時、そばの食べ方から推測した嬢ちゃんの性格は大体そんなものだった。
 そして、その見立ては間違いではないと俺は思っている。
 生真面目で一本気であるがゆえに、執念深く、恨み辛みも長持ちするらしい。
 嬢ちゃんの愚痴はそう簡単に止みそうにもなかった。
「まあ、嬢ちゃんの怒りももっともだと思うがよ。しかし、桃の一つや二つくらい」
「よくありません!!」
 すべてを言い終える前に、言葉尻に噛みつかれた。
 下手なことを言えば現実に噛まれそうな勢いだ。
「桃の一つや二つ!? 適当なこと言わないでください! 私がどれだけあれを楽しみにして最後まで取っておいたか知らないくせに!」
 嬢ちゃんの拳が卓を叩いた。その拍子にせいろたちがぴょんと跳ねる。
 触らぬ神に祟りなし。
 食べ物の恨みは怖いとはよく言ったものだ。
 食後の楽しみに取っておいたデザートの桃を、ちょっと席を離れた隙に、食いしん坊の姫さんにまんまと全部食われたというだけで、この怒りようだ。
 食った姫さんからすれば、食いたさ半分からかい半分だったのだろう。
 だが、まったく関係のない第三者の俺までこうして延々と愚痴につきあわされ、被害を蒙っているのだ。
 食べ物の恨み、それも犬っころの恨みとなればかくも恐ろしい。
 火を近づければたちまち引火して爆発するかもしれない。
 ゆえに、俺は思ったことをおくびにも出さず、嵐に震える小動物のようにただひたすら守りに徹して、嬢ちゃんの怒りが収まるのを待っていた。
 ところが。
 ふと気がつくと、妙にくさくさした嬢ちゃんの目が、じっと俺を見ていた。
「……なんだい、嬢ちゃん?」
「その、うんざりしたような顔。人の話を聞いてる時はしないほうがいいと思いますが」
 おや。
 口には出さなかったが、顔にはしっかり出ていたらしい。
 我ながらとんだ失態である。
「あ、また嫌そうな顔をした」
「あのな、嬢ちゃん。相手がうんざりしてると思ったら自主的に話を引っ込めてくれないか?」
 投げやりな気持ちでそう頼んでみる。
 あまり期待していなかったのだが、意外なことに「そうですね」と素直に頷いた。
「ですが、うんざり顔にも二種類あるのを知ってますか?」
 なにやら謎かけめいたことを聞いてきた。
「いや、知らんが。二つもあるのか?」
「それなら教えてあげます」
「ふむ」
「一つは、これ以上愚痴を聞かせるのは悪いなとか、これ以上この人に話しても無駄だなと思わせる、こちらの話す気を削ぐようなうんざり顔です」
「なるほど。もう一つは?」
「他人事と思ってないでもっとこっちの愚痴に付き合いなさい、このお馬鹿さん。そう思わせてくれる素晴らしいうんざり顔です」
 嬢ちゃんがにっこり笑う。今日一番のとびっきりの笑顔だ。
「うへえ」
「あなたのうんざり顔はどちらかというと」
「あーあー、皆まで言うな。わかってるから」
 制止すると、嬢ちゃんはふふんと勝ち誇った顔をした。
 それがまた余計に腹立たしい。
「嫌なこと聞いちまった。どうりで昔っから他人の不幸話やら愚痴やらに縁があると思ったら」
「自業自得です」
「そう簡単に言わないでくれ。こっちにとっちゃ深刻な問題だ」
「おまけで教えてあげますけど、そういう不幸話に嫌々でも付きあってしまうあなたのその中途半端な人の良さも自業自得ですよ」
「待ってくれ。それは自業自得っていうのか? むしろ美点だろう?」
「…………」
「ご愁傷様みたいな顔をすんな。って、おいこら、手を合わせんな」
 なんだか頭が痛くなってきた。
 嬢ちゃんの毒舌の毒にあてられたからだけではない。
 この嬢ちゃんがうちを贔屓にしている理由が、やっとわかったからだ。
 何の気兼ねもなく存分に愚痴れる人間が、そばの屋台をひいて客を待っている。
 これ以上の鴨ネギはない。
 いや、俺の場合、そばネギのほうがふさわしいか。
 ため息をつくと、ひぐらしたちが俺を笑ったような気がした。

 四.三枚の紙

 腹も満たされたと見えて、嬢ちゃんの不平不満はなりを潜めた。
 しかし、いつ再発するとも限らない。
 日もすでに傾いているし、さっさと銭を置いてお帰りいただくのが最善であろう。
 そのための策はちゃんと用意した。
 屋台のそばにある木から大きな葉を三枚選んで取り、それを嬢ちゃんに見せる。
「葉っぱが、どうかしたんですか?」
 当然、怪訝そうな目で俺を見る。
「まあ見てな」
 指にはさんだ三枚の葉を、ひらひらと宙に泳がせる。
 嬢ちゃんの注意を十分に引きつけたところで、
「ちょちょいのちょいの、ちょいやっさ」
 適当な掛け声をかけながら手先の葉っぱをもてあそび、三枚の紙きれに変えてみせた。
 葉っぱに注目していた嬢ちゃんの目がぱちくりと瞬く。
「え……、今のそれ、どうやったんですか?」
「さあて。タネも仕掛けもございません」
 三枚の紙きれを嬢ちゃんに差し出す。
 現物を目にしても信じられないといった様子で、嬢ちゃんは穴が開くらい紙を見つめている。
 それからおっかなびっくり紙をつまんで、偽札を疑うようにしきりに紙の表と裏を観察し、それでも納得できなかったようで、しまいには鼻に近づけて臭いまで調べ始めた。
 俺は思わず苦笑する。
「そいつで餡蜜でも食べに行きな。桃の代わりにはなるだろうさ」
 その紙は、偶像町にある甘味処の回数券だった。
 券一枚につき一セット、餡蜜やら羊羹やらなんやらのお得なセットが食べられる。
「餡蜜? おいしいんですか?」
 興味津々。
 瞳が輝いている。
「たぶんな。聞いた話では、一口食べれば転んで泣いていた子もたちまち泣き止み、二口食べればいかつい鬼もにっこり笑い、三口食べれば地獄の亡者も天に昇ってしまうほど、甘くて美味い――」
 そこまで言いかけて。
 嬢ちゃんの視線が餡蜜に対する興味以外の何かを帯びているのに気がついた。
 口元がにやにや笑っているように見えるのは、俺の目の錯覚だろうか。
「……知り合いがそう言ってたんだ。俺は食ったことないから本当かどうか保証しかねるが」
「そうですか。食べたことないのになぜこんな券を?」
「いや、この前、そばを食いに来たお客がな。財布をうっかり忘れて持ち合わせがないからって、銭の代わりにそれを置いてったのさ」
 嬢ちゃんはふーんと鼻で生返事して、券の記載に目を通した。
「あー、まったく、迷惑な話だ。そば代を餡蜜で払うなんて、なんの嫌がらせだ」
「迷惑なんて言わず、あなたが食べに行けばいいじゃないですか」
「俺一人でか? こんなオヤジに、一人で餡蜜をつつきに行けってのかい?」
「オヤジと言うほど年をとっているようには見えませんが」
「嬢ちゃんは利口だな。油あげいるか? 好物だろ?」
「……私はキツネじゃありませんけど。まあ、いただいておきます」
 小皿に盛った油あげを無表情にもぐもぐやる嬢ちゃん。
 こうしてみると、犬っころぽくもあるがキツネっぽくもある。
「まあ、あれよ。大の男が、女こどもみてえに餡蜜を食ってるのは絵にならんだろ」
「奥さんとか恋人は?」
「いるように見えるか?」
「全然、ちっとも」
 自分から話を広げたくせにきっぱりと即答しやがる。
「さっきの油あげ、返せ」
「食べてしまいました」
「わかってるよ、くそっ」
 俺は気を取り直して咳払いをした。
「とにかく、その券は嬢ちゃんにやるから好きにしな。一枚を三回に分けて使うもよし、一枚を捨てて残りの二枚を一度に使うもよし。もしくはそうだな、三枚を一度に使うのもいいんじゃないか?」
 俺のおすすめは三番目の選択肢である。
 が、嬢ちゃんは眉をひそめた。
 言っていることがすぐには理解できなかったらしい。
 しばし考え込むと、やがて俺の顔を見て、若干迷惑そうにふうと息をついた。
「これは一枚先に使って、あとで二枚を一度に使わせてもらいます。おいしいかどうかわからないものに、いきなりあずささんをお連れするのは失礼ですから」
 第四の答えだった。
「それでもいいさ」
 俺は苦笑した。
「ごちそうさまでした。気が向いたらまた来ます」
「あいよ。毎度どうも」
 ガスがたまったらまたおいで。
 口に出して言いはしないが、胸のうちでそう声をかける。
 回数券を懐にしまう嬢ちゃんの表情からは、それほど嬉しそうには見えない。
 けれど、走って家路につく嬢ちゃんの尻にはしっぽが生えていた。
 犬のようにぶんぶん振り回す、目には見えない犬のしっぽがね。

 五.影法師の風鈴

 犬の嬢ちゃんが家に帰って、またお客がいなくなった。
 今日はもう、お客が来ないかもしれない。
 そろそろ真剣に店じまいを検討すべきだろうかと洗い物をしながら考える。
「そういえば……」
 うちには風変わりな常連がいるのを思い出した。
 そのお客は、閑古鳥の化身みたいな人だった。
 毎回、他にお客が一人もいないときに、それを見計らったようなタイミングでやって来る。
 ここ二週間ほどそのお客の顔を見ていない。
 このひどい暑さで、さすがの閑古鳥も夏バテでもしているのだろうか。
 夕暮れに染まる町の通りを、涼を含んだ穏やかな風が、静かに通り抜けた。

 ちりん。

 ひぐらしたちの合唱の合間をぬって、風鈴の音がした。
 近くの軒先に吊ってあるのだろうかと辺りを見回してみるが、それらしきものはない。
 無論、うちの古びた屋台にはそんな風流なものは飾っていない。
 風が吹くと、またひとつ、ちりんと鳴った。
 今度はさっきよりもすぐそばでしたような気がした。
「やあ、精が出るね」
 不意に。
 風鈴とは正反対の、渋みがきいた男の声が、今まで人の気配がなかった道端からした。
 噂をすればなんとやら。
 顔を確かめるまでもないが、ちらりとそちらに目をやる。
 そこには、決して普通ではないものが、当たり前の様子で、平然と在った。
 これをどう表現するのが適切だろうか。
 世間一般の物差しで測るなら、「怪異」と呼んでも差し支えないはずである。
 見たままを言おう。
 光から生まれ、通常ならば地に這いつくばっているはずの影法師が、何の戯れか、石畳の地面に垂直に立っている。
 影――
 海苔のようにペラペラしているのかというと、そうでもない。
 人間と同じ形、人間と同じ大きさ、人間と同じ厚みを持っている。
 頭の先から足のつま先まで、体も身につけている服も黒一色なのを除けば、人間にそっくりな、いたって普通の存在(ヒト)だ。
 怪異が隣に住まう偶像町。
 妖やら神やらがそばを食いにくるこの町にあって、この程度の異常は驚くに値しない。
 肝をつぶすだけ損ってなもんで、酒のつまみにもなりゃしない。
「暑いねえ」
 影法師はかぶっていた帽子を挨拶のついでに脱ぎ、それをうちわにしてぱたぱた扇いだ。
 どうやら影法師も夏の暑さには閉口するらしい。
 いや、真っ黒な影だからこそ、余計に暑いのかもしれない。
「らっしゃい。久しぶりですね、高木の旦那」
 影法師の名は、高木順一朗といった。
 その素性は、どこかの大店の主人、あるいは社長。
 俺たち二人の間では、そういうことになっている。
 名前も素性も本人の自己申告で、真偽のほどはわからない。
 しかし、俺はそれでいいと思っている。
 こちらも注文されたそばをお客に出す程度の間柄でしかないから、わざわざ真実をつきとめる必要はないし、知りたいとも思わない。
 とりあえずの名と、とりあえずの素性。
 屋台下でそばの縁を結ぶには、それだけあれば十分だろう。
「私もこの夏は、色々と白黒をつけなければならない用事が多くてね、随分ご無沙汰をしていた。繁盛してるかね?」
「ええ、お陰さまで」
 冷水で冷やした酒瓶から、直に酒を杯にそそぐ。
 旦那はいつもそばの前に酒をやる。
 たまに、そばを食わずに、酒だけで済ませることもある。
「どうにかこうにか、お客のためのそばを、自分で食う羽目にはなってませんね」
「それは何より。そばが余るようなら私にも声をかけてくれたまえ。喜んで処理しよう」
 旦那が軽く胸を叩く。
「神出鬼没の旦那にですかい。どうやってこちらから声をおかけすれば?」
「そこはほら、あれだよ。君の方から、こう、念波みたいなものを送ってくれればティンとね」
「ティンとねえ……。わけがわかりませんや」
 切って捨てると、旦那が神妙に「むう」と唸った。
「そんなことより旦那。さっきから気になってたんですが、そいつはどうしたんです?」
「ん? ああ、これのことかね」
 杯の横に置いていた細長い棒を握り、わずかに手を動かす。
 ちりんと、先ほどの涼しげなあの音がした。
 棒の先っちょには、丸い風鈴が吊るされている。
「君に暑中見舞いをと思ってね。いい音色だろう」
 そう言って、釣りの要領でひょいひょいと棒を上下に揺らし、それを鳴らしてみせる。
 金魚鉢の形をしたガラス製の風鈴。
 青と白の水流のなかを、赤い金魚が二匹泳いでいる。
 風鈴の柄としてはありがちな意匠ではあるが、たしかに見ているだけで涼を感じる。
「ここの軒にでも吊るしてくれたまえ」
「ここにですか?」
「ああ。風鈴の音で客を呼び込む風鈴そば。なかなか粋な組み合わせじゃないか」
「こんな幽霊が出そうな屋台じゃ、豚に真珠だと思いますけどねえ」
 旦那から受け取った風鈴をひとつ鳴らしてみる。
 気のせいか、旦那が鳴らした時より、いささか音の響きが悪い。
 風鈴も不満なのだろう。
「まあ、そう言わず、もらってくれたまえよ。また持って帰るのも手間だからね」
「わかりました。ありがたく頂戴します」
「うむ」
 早速、風鈴を軒に吊るそうとすると、
「それにしても、君の狸は相変わらずだねえ」
 酒瓶を傾けて酒をついでいた旦那がしみじみと言った。
 いつの間に奪われたのか、調理場にあったはずの酒瓶が、旦那の隣に移動している。
 毎度のことなので今さら驚いたりしない。
「狸ですかねえ」
「立派な狸だとも」
 褒められているのやら貶されているのやら。
 適当に相槌を打つほかない。
「あれは本物だったのかね?」
「あれ、というと?」
 心当たりがないので聞き返すと、旦那はやれやれといった風に笑った。
「私相手に狸にならなくてもいいだろうに。犬の娘さんにあげていた券のことだよ」
 事も無げに言う。
 情報に通じた高木の旦那には、まず隠し事は通じない。
「おや、旦那も見てたんですか」
「この両の目でしっかりとね」
 どうだといった口ぶりで自分の目を指差す。
 指された場所をうんと目を凝らして見てみても、それらしきものは見当たらない。
 そこにはのっぺりとした、光すらも吸い込みそうな黒が、ただあるだけである。
「純朴な娘さんをあまりからかうもんじゃないよ。楽しみにしていたものがいきなり葉っぱに戻ったりしたら、さぞやがっかりするだろう」
「それは杞憂ってもんですよ、旦那」
 そう言うと、旦那は「本当かね?」と言いたそうな顔をした。
「そんな昔話にしか出てこないような古臭い手、今時はやりませんや」
「そうなのかね?」
「今時のちょい悪そば屋のオヤジは手品を嗜むもの。あれは正真正銘の本物ですよ」
 旦那の眉間に皺がよる。
 どうやら俺の言葉に納得するどころかますます疑念を強くしたらしい。
「嘘とお思いで?」
「いやいや、嘘とは思わないがね。ただ、おかしなこともあるもんだと」
「おかしなこと?」
「財布を忘れた客がそば代がわりに回数券を置いていった。君はそう言ったね?」
「へえ、まあ」
「私の疑問はそこなんだよ。そば代を回数券で払う、そういうことするのは恐らく常連の客だろう。常連の客相手にツケを許さないほど君は狭量じゃないと思うんだがねえ。そうだろう?」
 ああ、そういうことか。
 旦那には小賢しい隠し事や嘘は通用しない。
 わかってはいるが、つまらない内容なだけに今さら引っ込める気にはなれなかった。
「買いかぶりすぎですよ。俺にだって機嫌の悪い時や気まぐれくらいあります」
「なるほど。明日は、雪が降らなければいいがね」
「そいつは願ったり叶ったり。涼しくなってちょうどいいでしょう」
「おや、これはうまいことを言われた」
 酒を口に運びながら、旦那が快活に笑う。
 俺もそれに釣られて笑った。
「まあ、もっとも、真夏に雪が降ってもこの町じゃ異変のイの字にもなりませんが」
「ここは奇々怪々と背中合わせに暮らしているような町だからねえ」
 奇々怪々の代表例が感じ入ったように言う。
「奇は奇を呼び寄せるのだろう。虚実入り乱れ、面妖の者たちがひしめきあっている」
 面妖の者――
 人に仇なす妖を討つ家に生まれ、口にする言葉を真実にする異能を具えし巫女。
 獣の耳と尾をつたなく隠し、人間のフリをして町を闊歩する、犬化身の少女。
 肩に猫の妖を乗せて歩いていることにまるで気づかぬ、人間の物書き。
 憑りついた人間に執心と献身をし、肩の上で幸せそうに昼寝をしている猫又。
 隣人が人間でないことを知りながら当然のように交わり、普通に暮らす人間の娘。
 そして……
 この地と共に永き時を生き続け、多くの縁を看取ってきたであろう、あの人。
 妖しく美しい、赤い月に誘われた夏の宵。
 あらゆるものが沈黙した夜に、ゆるりと現れた黒と瑠璃のアゲハ蝶。
 狸岩で初めて食べた、真っ白なおにぎり。
 俺はあの時のことを思い出し、目を細めた。
「さながら、面妖のるつぼってところですかねえ」
「面妖のるつぼ……ふむ、言い得て妙じゃないか」
「そんなに感心されるほどのことでも」
「いやいや。人間を気取ってそばの屋台を引いてる狸の若大将が、実は甘味処の回数券をこそこそ買い求めるほどの甘党というのも、面妖のるつぼならではの珍事かもしれんよ」
 さらりと言って、杯をあおる。
 風鈴が、ちりんと鳴った。
「…………そんなもの、他に比べれば極めて些細なことでしょうに」
「私はそうは思わないがね。もしかしたらこれをネタに今日のそば代が浮くかもしれない」
「酒の代金はちゃんと頂戴しますよ」
「狸だねえ、君は」
 その狸を手玉に取ろうとする腹黒の影法師はどこのどなた様だか。
 俺の顔を見て、旦那がくっくっと笑った。

 六.斬り祓う者

 一週間後のことである。
 客足が途切れた合間に、俺は屋台の陰できゅうりを食べていた。
 この前の回数券のお礼にと、犬の嬢ちゃんが差し入れに持ってきてくれたのだ。
「俺は河童じゃないんだが」
「おあいこ様です」
 そう言って、用を果たした嬢ちゃんはさっさと帰っていった。
 持ってくる前にわざわざ冷やしてくれたらしく、しゃっきりしていて美味い。
 これで味噌があればいいのだが、生憎、味噌は用意していない。
 味噌の代用に薬味のわさびをつけ、めんつゆに浸して食べている。
 食べ方がなってなおらんと河童に叱られるかもしれない。
 最後のきゅうりをぼりぼりやっていると、屋台の向こうで人の気配がした。
 きゅうりを飲み込み、急いで立ち上がる。
「らっしゃい」
 お客は軒に吊るした例の風鈴を、冷やかな目つきで見ていた。
「面妖な」
 まったく同じ言葉を熨斗をつけて返してやりたい。
 四条の姫さんだ。
「せめて風流と言ってもらいたいもんだがね。これでもお客からの頂き物なんだ」
「ますます面妖な。このようなうらぶれたボロ屋台に贈呈するなど」
「冷やかしなら帰ってもらいましょうかね、この女(アマ)」
「む、なんたる無礼!」
 右手を前に突き出し、目を尖らせる。
 相変わらず、外見からは想像もつかない時代がかった言動をする姫さんである。
「商売人にあるまじきそのような汚らわしき言葉づかい、恥を知りなさい!」
「へえへえ、失礼いたしました」
「反省の色が見えません」
「お客ならお客らしく、店をなじってないで、とっとと注文してくれませんか、お客様」
「いいでしょう。その挑発、乗って差し上げましょう」
 挑発も何も、店としてはごく当たり前の要求だと思うのだが。
 俺がげんなりしていると、四条の姫さんは無駄に優雅な所作で着席した。
「ご注文は?」
「そうですね。まずは、たぬきの冷やしを十人前ほどいただきましょう」
「じゅっ、十人前……」
 思わず絶句する。
 この地に長く住まう者として、並大抵のことでは驚かない自信がある。
 だが、四条の姫さんのこの食欲の異常さには、毎度毎度驚かされる。
 今日は何杯食い荒らしてゆくつもりなのか……
 常人なら聞いただけで胸焼けしそうなたぬきそば十人前も、この姫さんにとっては「まずは」で片付けられる程度の腹ごなしにすぎない。本番はその後だ。
「念のため聞くが、ちゃんと銭は足りてるのかい?」
「ふっ、ご心配には及びません。今日は狸オヤジ殿のおごりですから」
 涼やかに微笑して。
 とんでもないことをしれっと言い切った。
 いや、言い斬られたといったほうがいい。
 この姫さんの言葉は、ただの言葉ではない。
 断刃(ことば)だ。
 この天地に存在するあらゆる事象を、己が意に従わせ断ずる、恐ろしい呪の刃。
 “ある”と言えば“ある”し、“赤”と言えば“赤”になる。そういうものだ。
「俺のおごりねえ……」
 徒労に終わるんだろうなと半ば諦めている。
 しかし、許される限りの抗いはしておくべきだろう。それがそば屋の意地ってもんだ。
「俺はどういった因果で、姫さんにタダで馳走する羽目になるんでしょうな?」
 こちらの悪意の視線をかわして、四条の姫さんは柔らかに微笑んだ。
 それはもう、花も恥らい、天女も真っ裸で逃げ出しそうな、輝かしい笑顔であった。

「あ・ん・み・つ♪」

 別の意味で眩暈がした。
「あー……」
「うちの千早が甘味処の回数券をどこかで頂いたそうで。昨日わたくしに内緒で、あずさと、ふたりっきり、水入らずで、餡蜜を食べに行ったようなのです。その餡蜜がまた、頬が落ちてしまいそうになるほど甘く、美味だったとか」
「へえー、女こどもは甘いものに目がないっていうからなあ」
「わたくしもぜひ食してみたかった……。残念でなりません」
「まあ、そう落ち込みなさんな。次の機会はいくらでもあるさ」
「狸オヤジ殿はご存知ありませんか? 千早がどこの、どなたに、券をいただいたか」
 微笑を浮かべる姫さん。
 その目の奥が、一瞬、背筋が凍りつくような鋭い光を放った。
「さあてな」
 俺は首をひねる。
「餅は餅屋、そばはそば屋。そば屋のオヤジに餡蜜について聞くのは筋違いってもんさ」
「白を切るのですね」
「そばは切るがね」
「……では、質問を変えましょう。わたくしに内緒であずさと二人で食べに行けと、千早につまらぬ入れ知恵をした殿方をご存知ありませんか?」
 完全に濡れ衣である。
 俺は選択肢を提示しただけで、誰と食べに行くか決めたのは犬の嬢ちゃんだ。
「……そんなことを知って、姫さんは一体どうしようってんだい?」
「勿論、決まっております。保護者として、当然、その方に“お礼”をいたそうと」
「お礼?」
「はい」
 気のせいだろうか。
 “お礼”という言葉に、非常に物騒なニュアンスが含まれて聞こえた。
 姫さんが来る前に店じまいしなかったことを俺は痛烈に悔いた。
「お客さん、悪いけど閉店だよ」
「開いております」
「ところがたった今、急用ができて店を閉めることになったんだ。また来ておくんな」
「いいえ、店はまだ開いております。わたくしが帰るまでは、絶対に」
 ……だとさ。
 店は開いてるんだとさ。
 他ならぬ四条の姫さんが言うのだから、そういうことなんだろう。
 チクショウ。
「さあ、おごってくださいますよね? 狸殿?」
 笑顔を微塵も崩さず。
 ぞくぞくする嫌な寒気をもよおす無形の力が、ひたひたと近寄り、俺を窒息させる。
 ああ、俺は、姫さんのこの顔を知っている。
 人に仇なす妖たちを、容赦なくばっさばっさ斬り祓う者の、ひどくおっかない顔さ。
 チクショウめ。
「狸殿?」
「よろしいですとも」
「大変結構」
 四条の姫さんにタダ飯を食わせる。
 つまり、そういうことになった。

                                     -― 終わり ―-


                        072あずさ_偶像町_角印



偶像町幻想百景のタイトルロゴと角印を「偶像町幻想百景 まとめ」からお借りしました。

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